『抱き桜』

抱き桜
  1. イトウの恋
  2. ハイスクール1968
  3. 抱き桜
  4. 恋愛函数
  5. シャルビューク夫人の肖像
  6. 変わらぬ哀しみは
  7. ルインズ(上・下)
岩崎智子

評価:星5つ

 昭和三十年代の和歌山。実父と義母と暮らす広之は、大阪から来た勝治と出会う。広之が憧れていた少女の靴下を盗む大胆さがあるかと思えば、「わしの家は普通とちゃう。それでも友達でおってくれるか。」とすがる。強さと脆さをあわせもつ勝治と、男同士の友情を育んでゆく広之の一夏を描く物語。「理想の家庭の条件とは?」と聞かれて、皆はどんな事を思い浮かべるのだろう。例えば、「血のつながりがある親と暮らすこと」「両親がまっとうな仕事についていて裕福」「家族が健康である」等々だろうか。だが本当の幸せは、外的条件のみでは計れない。肝心なのは、家族それぞれの、お互いを思う心がどれだけ深いかだろう。そして、思う心の強さと深さは、別れの辛さをどれだけ知っているかに依ると思う。だから彼等は出会った人との繋がりをとても大事にして、必死で守ろうとする。どんなに言葉がぶっきらぼうでも真心は伝わるし、他人の家のオムライスより、母親が買ってきたシュークリームがおいしく思える時がある。「大切なのは中身」という、シンプルだけど大事なことを教えてくれる作品。

▲TOPへ戻る

佐々木康彦

評価:星5つ

 昭和三十年の和歌山、夏休みに出会った小学校四年生の広之と勝治。メインはたったひと夏のお話ですが、その夏は彼らの人生でとても大きな存在になったのです。

「生きとるもんは死んだもんの魂を抱きしめて生きらなあかんのや」と三本毛は言います。タマシイって?「魂いうのは、思い出や」と伊蔵は言う。そして「タマシイがいちばん大事な思い出ならこの夏そのものがタマシイだ」と広之は思った。
 人と人との本当の繋がりっていうのは、血の繋がりとか、一緒に暮らしているとか、長い期間を一緒に過ごしたとかで出来るもんでもないし、一緒にいるから繋がっているっていうことでもないんだなと感じました。
「あの世に行ってもまた会おうな」って友達が皆さんにはいますか?家族とか友達とか、人との繋がりについて最近あまり考えたことがありませんでしたが、本作がそんなことを立ち止まって考えるきっかけになりました。

▲TOPへ戻る

島村真理

評価:星3つ

 かつては荒くれ者だった父とは対照的なひ弱な少年広之は、夏休みに勝治と出会う。彼は汚い子どもで、家族もなにか後ろ暗い秘密をもっているようだ。勝治だけでなく、広之の家にも複雑な事情があるのだが、ふたりの少年が、じゃれあうように遊びほうける姿はまぶしくほほえましく、いい年の大人になった私にも思い出がよみがえってくるようだ。
 しかし、まったくそれが無関係であるわけもなく、大人の事情でやがて別れ別れになってしまう。一瞬のまぶしさをもった夏休みの思い出だが、そのまぶしさとは裏腹の暗さも付きまとう。それが、例年より雨も降らない夏の情景や、瓶詰めのイモリの残虐性など文中の端々に現れている。
 というふうに、夏の思い出をメインのストーリーとタイトルとにはギャップを感じてしまう。「抱き桜」という言葉につなぐ秘密あるのだが、子どもの視線を通して見え隠れしていた家族の問題が、時を重ねることで向かえる結末を味わってほしい。

▲TOPへ戻る

福井雅子

評価:星3つ

 戦争の影がまだ残る昭和30年の和歌山を舞台に、二人の少年のひと夏を通して、二つの家族の物語を描いた作品。戦後を強く生き抜こうとする大人たちと、その周囲で翻弄されつつ自分の目で見て、体で感じて大人になっていくたくましい子供たちの姿。今よりも死が身近で、生きるためには努力が必要だった時代。けれども子供たちの毎日はきらきらと輝き、哀しみを知っている分だけ人々の愛情は深い──。
 伊集院静の『海峡』に通じる哀しくも暖かい世界が、この作品には広がっている。哀しみ、貧困、過ち、罪人、そのすべてを包み込むような暖かい視点が、この作品に柔らかな空気を吹き込み、深みのある落ち着いた小説となっている。文章が、もう少しひたひたと心に染み入るような味わいのあるものだったらな……というのが正直な感想である。

▲TOPへ戻る

余湖明日香

評価:星3つ

そういえば昔って今よりも確実に貧乏だったなあとこの本を読んで思い出した。昭和58年生まれで何を言っているんだと人生の先輩方からは怒られそうだけれど。
川で魚をとって売りに行ったり、道に落ちている胴を集めたり、たくましく生きている少年達の描写が生き生きとしている。夏休みのわくわく感とそれが終わってしまう寂しさが懐かしい。時代小説のものとも違う独特の文体と、関西弁がとてもよい味を出している。
ところで私が手にした本がたまたまそうだったのかはわからないのだけれど、文字組が随分とページの下に寄っていて、ページ数とタイトルより上の部分は空白が多い。読んでいる最中は気にならないのだけれど、一旦止めてまた読み直す際にどうにも気になってしょうがない。そこのところよろしくお願いします、小学館さん。

▲TOPへ戻る

<< 課題図書一覧>>