『シャルビューク夫人の肖像』

シャルビューク夫人の肖像
  1. イトウの恋
  2. ハイスクール1968
  3. 抱き桜
  4. 恋愛函数
  5. シャルビューク夫人の肖像
  6. 変わらぬ哀しみは
  7. ルインズ(上・下)
岩崎智子

評価:星3つ

 画家ピアンボは、「姿を見ずに、話だけを聞いて肖像画を書いて欲しい」と夫人から屏風越しに言われる。但し夫人とは、日に一時間しか話せず、絵の納期は1か月。ピアンボが拒絶しなかったのは、金のために望まぬ絵を書いていた自分から脱却できると考えたからだ。「やりたい事」という願いと「望まれる事」の間で苦しむピアンポの気持ちは、職業人なら理解できるのではないか。「父親は結晶言語学者で、自分は空から降ってくる結晶を解読して未来を占う能力を受け継いだ」などと、奇妙な話でピアンポを惹き付けては、質問を巧みに躱す夫人。彼女のファム・ファタールぶりが絶品で、自分を愛してくれる誠実な恋人がいるにもかかわらず、ピアンポが夫人に惹かれてゆく理由がよくわかる。今までは「幻想」と名がつくと「難しい」という印象があり敬遠していたが、本作は取っ付きやすかった。ピアンポと夫人のラブストーリーの部分や、街で起こる怪事件の謎を探るミステリー的要素が多かったからだろう。

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佐々木康彦

評価:星5つ

 19世紀末のニューヨーク、屏風から姿を出さないシャルビューク夫人の依頼は、姿を見ずに肖像画を完成させること。成功すれば莫大な報酬をもらえ、失敗すれば……。

 これは本当にヤバイです。坂道を転がり落ちるのを止められないように、ページをめくる手が止まらないのです。シャルビューク夫人の正体とか、街で流行りだす奇病とか物語の根幹を貫く謎を早く知りたくて読み進めるというよりも、単純にこの世界に浸っていたいという思いが強くて読んでいたような気がします。だから、ページをめくる手は止まらないのですが、謎が明らかになると物語が終わってしまうので、真相に近づくにつれて、読んでいたいのに読みたくないというかなり複雑な心境になりました。
 妖艶で幻想的、奇怪だけど、これは愛の物語だなあ。読んでいる途中ではなくて、読み終わった後にそう思いました。

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島村真理

評価:星4つ

 19世紀末のニューヨーク、大航海時代から2世紀、イギリスから独立を果たし、産業や文明が急速に興隆した時代。映画では「ギャング・オブ・ニューヨーク」のころが舞台。画家ピアンボは肖像画家として、地位も名誉も手にしながら、自分の芸術に不満を抱き、倦んでいる毎日を過ごしている。そこへ、姿を見ずに肖像画を描けというシャルビューク夫人からの依頼が舞い込み、法外な報酬よりも、芸術家としてのプライドをくすぐる内容に、承諾することになる。
 世紀の変わり目(電気とロウソク、馬車と車)、新旧混合の時代に、旧い方に属するピアンボ(肖像画家という職業)。揺れる心と時代の雰囲気を存分に味わえます。シャルビューク夫人の奇妙な依頼と、語られる過去の異様さ、奇病の流行。これが絶妙なチョイスで、読者を不安な気持ちにしていきます。この不吉さを振りほどくようなラストが好きです。新しい世紀のはじまりというのはこんなんかなぁと思わせてくれます。

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福井雅子

評価:星4つ

 主人公の肖像画家が「姿を見ずに肖像画を描いてほしい」という法外な報酬の依頼を受け……最初から怪しげな雰囲気をめいっぱい漂わせてはじまるストーリーは、予想を裏切ることなく奇怪な方向にずんずん進み、奇病や霊薬などの小道具から依頼人が語るエピソードまで存分に怪しげな世界を堪能させてくれる。この奇怪な世界が好きな人にはやめられない本だと思うが、そうでない人にも「怖いけど覗いてみたい」と思わせる不思議な魅力がある。ちなみに私は後者なのだが、「あやし〜い」とか「こわ〜い」と思いながらもページをめくる手は止められなかった。
 ストーリー云々よりも、ジェフリー・フォードがプロデュースした奇怪な世界を楽しむための本かもしれない。

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余湖明日香

評価:星4つ

屏風の奥にいるシャルビューク夫人の肖像画を、その姿を見ずに書き上げるというなんとも奇妙な依頼。その依頼を高額な謝礼に惹かれ引き受けた画家ピアンボは、夫人の身辺を探ったり、自身の技術を駆使してなんとか彼女を一枚の絵に収めようとするのだが……。タイトルがついた短い章から成り立っているこの作品は、一章読み進めるごとにシャルビューク夫人の実態に迫ったと思っては曖昧になり、私たちはピアンボと同じようにシャルビューク夫人に翻弄される。その不気味さが心地よい読書の快感を生み出す。暗闇の中使い慣れている階段を上っていて、大きく足を踏み出したら実は最上段まで来ていたので、足元が不安定になった時のような、心許ない感覚が常に付きまとっている。隠喩・直喩を多用した文章も雰囲気を盛り上げる。童話のような、ミステリーのような、官能的でもあり歴史の重厚さも味会うことも出来る、非情にお得な小説だ。

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