『変わらぬ哀しみは』

変わらぬ哀しみは
  1. イトウの恋
  2. ハイスクール1968
  3. 抱き桜
  4. 恋愛函数
  5. シャルビューク夫人の肖像
  6. 変わらぬ哀しみは
  7. ルインズ(上・下)
岩崎智子

評価:星5つ

 1959年、少年デレクは、近所の不良ドミニクに挑発されて、万引きをする。彼を捕まえた白人警官は、こう言って解放する。「間違った選択をしてしまったと気づいたのなら、まだまだ救いはある」そして1968年、「間違った選択に気づいたデレク」はワシントン市警の警官になり、「気づかなかったドミニク」は、本物のワルになった。二人の人生は、「間違った選択に気づかなかった国」が始めたベトナム戦争を経て、ますます隔たってゆく。公民権運動が盛り上がり、人種間の憎しみが、暴動という形で表面化する。そんな時、黒人青年が車に轢かれて不可解な死を遂げる。周囲に惑わされず己れの職務に専念するデレクは、「白人が安心して住める街にしようっていうんだな」と嘲られる。それでも、キング牧師の「暴力には魂の力でこたえる」を実践しようとする彼の生き方に、大いに共感した。悩む彼に「責任を果たすお前の姿に、口ではどんなことを言っても、人は必ず敬意を抱く」と励ます父親もまた素敵。人は出会いによって変わる。そしてその出会いをどう生かすかによっても、また変わる。そう信じさせてくれる作品だった。

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佐々木康彦

評価:星5つ

 本作の舞台1960年代のアメリカは黒人の社会運動が過熱し始めた時期、その時代のうねりの真っ只中にいる黒人警察官デレクとその周辺を中心に描いた作品。
 今月の課題書「ハイスクール1968」と同じく、本作も1968年が舞台です。あわせて読んでみると1968年というのが世界的に激動の年だったのがよくわかります。

 未だに、黒人が大統領になれば、暗殺されるとまことしやかにささやかれるアメリカです。当時は民衆の価値観が変わってきた時代とは言え、黒人のおかれた立場というのは想像以上に辛いものがありました。しかし、興味深く思ったのは白人自体も根本的な問題を抱えていたということです。そして、そんな中で登場する悪人たちを表層だけで捉えるのではなく、ちゃんとその裏側というか中身まで描いていて、そんなところにグっときました。
 帯で大絶賛されていたので、かなりハードルを上げて読みましたが、軽々とその上を跳んでいってくれる内容でした。

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島村真理

評価:星3つ

 アメリカ・ワシントンDC。この町で暮らす黒人たちの日常。最初、冗漫な感じでストーリーが進むのでとまどった。でも、最終的に、登場する黒人たち、白人たちの鬱屈した憂鬱な毎日の克明さがどれだか物語に大切かがわかりました。とにかく読み進めてほしい。
 印象的な言葉がある。黒人少年デレク・ストレンジが、先に万引きをした悪友にそそのかされ、彼も万引きを犯し、店員に捕まえられる。そこで他のふたりを捕まえなかった理由を聞かされる。「捕まえても、連中のためにならないと思ったんだよ・・・もうすでに転がり落ちているとでも言おうか。そのスピードを増すようなことに手を貸したくないんだ。・・・」もうどうしようもない、救いのない空気というのがよく伝わるのではないだろうか。キング牧師をうまく登場させ、黒人たちが自分たちの権利を獲得していく、時代のうねりと嵐の予感を抱かせる。
 本書は、デレク・ストレンジシリーズの中の1冊。他の作品で彼がどうなっているのか気になるところだ。

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福井雅子

評価:星4つ

 憂いも悲哀も憤りも、すべては行間に表現されている! 淡々と書き連ねた文章はいたってシンプルだけれど、行間からは登場人物たちの深い思いや、1960年代のアメリカの空気が伝わってくる。それも、街の匂いまでが伝わってきそうな臨場感を伴って。ストーリーよりも何よりも、その文章の上手さを味わうだけでも一読の価値はある。
 読んでいる間は、ストーリーも表現も淡白すぎる印象を受けたのだが、読み終わってみればそれがかえって効果的に「行間の表現」を演出していることに気づく。カバーで作者のペレケーノスを「ハードボイルドの詩人」と評しているが、実に的を射た表現だと思う。ハードボイルドが好きな方には絶対におすすめ!

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余湖明日香

評価:星3つ

公民権運動、キング牧師の活動……時代が大きく変わっていっているワシントンDCを舞台に、様々な環境にいる人物を、公平に丁寧に、極力感情を排して描いている。最初はなんだかつかみ所がなく、一体いつ物語が始まるのだろうともどかしく思うのだが、物語の終盤に彼らの運命が大きく分かれる時、それまで描かれてきた環境やタイミングや人間関係といったものから生まれた運命の皮肉さを実感するのだ。一九五九年と一九六八年という二つの年で、主要な登場人物のデレク・ストレンジとドミニク・マルティーニの子供時代と青年時代が描かれることで、よりその効果は高まっている。
恥ずかしいことに私は音楽に対する知識がほとんどないので、全編通して出てくる様々な音楽がもつ雰囲気や、音楽の嗜好による人物の描写を味わうことが出来なかったのが残念だ。

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