WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年6月 >余湖明日香の書評
評価:
「マリオネット症候群」と「クラリネット症候群」の2編の中篇からなる。「イニシエーション・ラブ」「リピート」のような、読んだ後にもう一度読み直したくなるような衝撃はないけれど、アイディア満載、軽快な物語。
「マリオネット症候群」は幼稚な一人称の文体が最初は読みづらいが、自分の体に誰かが乗り移っている、だけど自分は何も出来ないという設定とマッチしている。後半の次々明らかになる事実の連続に、「乾さんは、人間不信?」と小説のことながら心配になってきてしまう。
「クラリネット症候群」は大切なクラリネットを壊されて「ドレミファソラシド」が聞こえなくなってしまう主人公のドタバタ事件。主人公があこがれている先輩が自分のことを「うち」というのが腑に落ちなかったのだけれど、もう一度読み直して納得しました。解説にもあるとおり、全ての描写が全て伏線。やっぱり2回は読むべき。
評価:
本の売り場で働いていた時、アルバイト希望の方の面接のために、好きな作家を尋ねる。ダントツの一番人気が東野圭吾さんだった。もちろん売り場でも、新刊も既刊もばんばん売れた。
それなのに著作を一冊も読んだことない。本の担当としてさすがにまずいのではないかと思い、アルバイトの子達に、最初に読み始めるならどれがいいかを聞いたりもしていたのだけど、機会を逃したままそのまま現在に至る。
そうして初めて手に取ったのが本作。気軽な気持ちでお風呂やトイレで一編ずつ読んでいったといったら、ファンの皆様には怒られるでしょうか。
文学賞の選考会中に、賞が欲しくて欲しくてたまらないもはや落ちぶれた作家と、それぞれ勝手な思惑で冷ややかに見つめる各出版社の編集者達。新人賞受賞で一人勘違いをする駆け出しの小説家、それを冷ややかに見つめる編集者達。とタイトルどおり「黒い笑い」がいっぱいの短編集。
読んでいて面白いのに、読み終わった後なんとなく腑に落ちないのは、売れない作家、もてない男、貧乏な一家の大黒柱と著者のイメージがかけ離れすぎていて、なんとなく嫌味に思えるからかしら。
評価:
軽業師で元気いっぱいの小蝶、男装の女剣士桔梗、発明好きの萩乃。三人は正体不明の若旦那・幻之介に声をかけられ、松平家に隠された、田沼一族の裏金を強奪しようとするが…といった時代小説というよりは、江戸時代を舞台にしたファンタジー小説。
個性豊かな三人娘の大活躍を期待していたが、どうにも物足りない。日曜朝の特撮ヒーローもののような演出と突拍子もない発明品の数々は嫌いではないけれど、三人娘の生い立ちや動機にどうも納得できない。ですます調の文章に、ときどき歴史の講釈などが挿まれ、あまり物語の世界に入り込めないまま読み終わってしまった。シリーズ第一作、今回は三人の出会い編ということで、今後はしっかり女人救済してくれる「おとめ組」の活躍を期待。
評価:
小学生の時、芦屋雁之助演じる「裸の大将」のテレビドラマを家族で見ているときに、母が言った。「この人の貼り絵は、遠くの建物の窓ガラスの数まで全部あってるんだよ。」道のお地蔵さんに供えられたお結びを食べて、ランニングシャツ一枚で旅をし、お世話になった家族に貼り絵や絵を残しては去っていく。ドラマの出来上がったイメージしか知らず、いつの時代にどのように生きた人なのか全くといっていいほど知らなかった。ドランクドラゴン塚地版の「裸の大将」は未見だが、おそらくこれでまた、ドラマでのイメージが先行してしまうんだろうなあ。
そんな私のような人におすすめしたい。日記をここまで細かく書いていた(書かされていた)のも知らなかったし、東京大空襲の直後を歩き、その風景を作品にしていたのも知らなかった。放浪への情熱と、常識に左右されない世の中や人への視点など、初めて本当の山下清に触れることができた気がする。文庫の中では図版は少ないので、実際の作品をもっとよく見てみたくなった。
残念なのが、著者も「あとがき」で書かれているように、同時代人として感情が入り込みすぎてしまっていて、なかば「自分史」になっているように思う。山下清の足跡を追っている最中に、著者の思いや生き方が挿入され、軽い筆致が読みやすくはあるのだけれど、主観が多すぎる気がして違和感が残った。
評価:
社会の機能はほとんど麻痺し、テロと、テロリスト「テロリン」と疑われたものへのリンチが横行する近未来の日本と思しき国。一体なぜこの国はこうなってしまったのか、冒頭から引き込まれる。愛国心を持ち「テロリン」をやっつけたいと志願する椹木と、彼を追って志願した愛人寛子を中心とした複数の人物の行動を追うことで、志願兵の行く末、大陸での戦争の現状、国家の政策、と状況が明らかになっていく。
グロテスクな描写も多いが、怖いもの見たさと、人間の欲深さと、国が隠してきた事実が次々と明らかになっていく過程が面白く一気読み。
これは人間と社会と国家の存在意義を問う傑作。途方もない設定なのに、リアルに感じられるのは、『ドラゴンヘッド』や『BASARA』など、荒廃した日本を舞台にした漫画を愛読してきたから? いや、何十年か後に、日本がこうなっていてもおかしくないと思う自分がいるからだ。
評価:
大学4年のときに、カナダに住む日本人の方に一週間ほどお世話になり、その縁で、トロント在住の日系カナダ人のみなさんと交流する機会があった。
日系カナダ人ってなに?というそもそもがよくわからなかった私にとって、日本語が全く話せない人から、「ハゲ」「オヤジ」と知っている単語を並べては笑いを取るおじさんがいて、私より年下なのに英語とフランス語がぺらぺらという子までいるこのコミュニティはカルチャーショックの連続。さらに初対面なのにパーティーを開いてくれる歓迎っぷりに、驚いてばかりだった。
この本はロサンゼルスの日系人コミュニティの中で起きた殺人事件をいやいやながらも調べる羽目になった日系人庭師が主人公。無口で皮肉屋で、何に対しても内心文句ばかりな主人公マスの観察眼が面白い。「エンリョ」「ハジ」などところどころカタカナでかかれる言葉は、原文の英語の中で日本語として表現されているものだろう。マスと同じく自身も日系人である著者が描く、日系人コミュニティの「ギリ」と「ニンジョウ」が興味深い。
隣に住んでいる人さえどこの誰だかわからないような日本に住んでいて、トロントのお世話になった皆さんを思い出した。
評価:
幻想的で、恐ろしく、愛情と憎しみが同時に描かれているこの小説の、内容を説明することはとても難しい。
ロマンチックな映画のような、細部にあふれたこの本の、私の特に好きな部分を紹介したい。
妻子ある男を好きになった主人公は、男と田舎のとある家に引っ越すことになった。引越しが嫌いな主人公と一緒に、男は一風変わった荷造りをする。段ボールには「ターザン・ホテル」「空の利点」などといった文句を書き、箱の中身には互いに関連あるものを入れる。ターザン・ホテルとは男が少年時代にもっていたおもちゃ箱の名前だ。おもちゃ箱はもうないが、男は「ターザン・ホテル」とかかれた箱におきにいりのものを詰める。箱を開封した時に驚けるように。「おかしな人。でも好きだわ」
ものにはすべて思い出がある。買った時の思い出、その時愛していた人の思い出、一緒に買ったけれど別れてしまった人との思い出。自分がとった行動が自分と関わった全ての人にどんな影響を与えてしまったか、それを知る術はわたしたちにはない。残されたものを手にして、それにまつわる思い出を時折思い出すだけだ。
自分ともう二度と会うことはないだろう人との思い出を、そっと夜中に噛み締めたくなるような小説だ。
好きな本屋は大阪のSTANDARD BOOKSTORE。ヴィレッジヴァンガードルミネ横浜店。
松本市に転勤のため引っ越してきましたが、すてきな本屋とカフェがないのが悩み。
自転車に乗って色々探索中ですが、よい本屋情報求む!
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