WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年6月 >『クラリネット症候群』 乾くるみ (著)
評価:
目覚めた時に虫になっていたのは、『変身』のグレゴール・ザムザ。では、グレゴール・ザムザが虫に体を乗っ取られていて、尚かつ虫の意識が頭に流れ込んできたら?ゴキブリを見て「おいしそうだ」と思った虫が、人間の手でゴキブリをぎゅっとつかんだら?うわ、考えただけで気持ち悪い〜。『マリオネット症候群』は、虫ではないが、誰かに自分の体を乗っ取られた女性の物語。どうも乗っ取った相手が男性らしい、という滑り出しは、彼の反応が映画『転校生』みたいだなぁ、とクスクス笑えた。実はこの後、深刻な真相が段々わかってくるのだが、それでもクスクス笑いは止まらない。暗号系の話が好きならば、もう一つの中編『クラリネット症候群』も楽しめるだろう。こちらは書き下ろしで、『クラリネットをこわしちゃった』の歌みたいに、特定の文字が消えて行く現実に遭遇する高校生の話。途中文字が消えて、読みづらい所もあるが、こちらもそこそこ笑える。あまりにキツいブラックジョークばかりだと「うーん、この状況って笑っていいの?」と悩まされるが、本作ではその心配なし。
評価:
収録作「マリオネット症候群」の、他人の精神が自分に乗り移る話というのはよくあるネタですが、想像力のワクを広げると、ここまで新鮮に驚ける話になるのですね。
死んだ人間の人格が他の人間に転移して、元の人格は体の主導権をなくす。転移した人格は元の人格が自分の奥に存在して、自分の行動を見ているとを知らない。つまり、表に出ている人格と、体の主導権を無くした人格とのコミュニケーションは断絶している状態なのです。だからこそ、転移した人格は元の人格を気にすることなく、思い切った行動に出ることが出来、結果的に物語もテンポ良く進むのです。特に展開のタイミングが良く、短いページ数とはいえ、読み始めの驚きを最後まで読者に維持させて話をもっていくところは、素晴らしいと感じました。
表題作も軽い感じで読みやすく、面白いのですが、やはり「マリオネット症候群」がお薦め。これを読むだけでも本作を買う価値があると思います。
評価:
まず、タイトルに注目してもらいたい。「クラリネット症候群」に「マリオネット症候群」。一体何の事かといぶかしく思ってから、おもむろに読み始めてほしい。きっと、すぐに仕掛けに気がついて、ほくそえんだり怒ったりします。
そして、私は気が付きました。「匣の中」で感じた”ありえない。絶対ついていけない。”という拒絶は、もしかして間違いだったのではと。本当はこの人の作品、面白いのかもと。見事に認識を覆されてしまいました。
解説の、「乾くるみとの出会い方が悪いと二度と読みたくないということになりかねない」は、まさにそんな自分にあてはまっていました。私は、最初に手にとる本を間違えていたらしいのです。だって、この2作品は私のツボだったのですから。
だから、声を大にして言いたいのです。初めて乾くるみを読むのなら、この本からどうぞ。多少デフォルメされた人物がオヨヨなのだが、この世界観、気に入ってもらえますよ。
評価:
「マリオネット症候群」と「クラリネット症候群」の2編からなる。まったく違う話なのだが、どちらもユーモアあふれる読みやすい文章で楽しく読めるし、何よりもアイデアが面白い。まるでギャグのような展開ながら、ストーリーが面白くて「うまい!」と手をたたきたくなってしまう。「マリオネット…」のほうは、よくある人格入れ代わりがベースだが、もうひとひねり、いやふたひねりぐらいしてあるので大いに楽しめる。
かなり漫画的ではあるが、肩ひじ張らずにクスクスっと笑いながら読めて、本を閉じたときに「ああ面白かった」と思える本は貴重だ。エンターテインメント小説はこうでなくっちゃ!
評価:
「マリオネット症候群」と「クラリネット症候群」の2編の中篇からなる。「イニシエーション・ラブ」「リピート」のような、読んだ後にもう一度読み直したくなるような衝撃はないけれど、アイディア満載、軽快な物語。
「マリオネット症候群」は幼稚な一人称の文体が最初は読みづらいが、自分の体に誰かが乗り移っている、だけど自分は何も出来ないという設定とマッチしている。後半の次々明らかになる事実の連続に、「乾さんは、人間不信?」と小説のことながら心配になってきてしまう。
「クラリネット症候群」は大切なクラリネットを壊されて「ドレミファソラシド」が聞こえなくなってしまう主人公のドタバタ事件。主人公があこがれている先輩が自分のことを「うち」というのが腑に落ちなかったのだけれど、もう一度読み直して納得しました。解説にもあるとおり、全ての描写が全て伏線。やっぱり2回は読むべき。
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