『裸の大将一代記 山下清の見た夢』

裸の大将一代記 山下清の見た夢
  1. クラリネット症候群
  2. 黒笑小説
  3. かるわざ小蝶―紅無威おとめ組
  4. 裸の大将一代記 山下清の見た夢
  5. バースト・ゾーン ー爆裂地区ー
  6. スネークスキン三味線
  7. 薪の結婚
岩崎智子

評価:星4つ

佐伯かよのさんの漫画『あき姫』の中に「御神酒(おみき)先生」という一篇がある。放浪画家として有名だった男が、立ち寄った先で、お堂の柱や神社の壁をキャンバスにして絵を描く。私生活は貧しく、ヒロインの父親に借金をしていたが、彼の死後、絵が描かれた場所は名所となる、という話だ。戦後、「放浪の画伯」として名を馳せた山下清の評伝の中にも、よく似たエピソードがある。ただ、清の場合は、有名になってからの放浪だったため、立寄り先で絵を描く事を強制された、という違いがある。さて、「放浪」といえば、我々の世代では、山下清といえば、圧倒的に『裸の大将放浪記』というドラマでの印象が強い。だが、無垢である事を強調され過ぎていて、自分とは接点のない人間のように感じていたので、一度もドラマを見た事がない。しかし「虚実混然、うそも方便のバリエーション(p62)」で成り立っていた放浪の件を読んで、彼が「出来すぎた人物」ではない事がわかり、やっと寄り添ってみる気になれた。清が佐渡に渡っていた同じ頃に、著者が佐渡に初めて行った時の印象について語っていたり(p246)、評伝にしては、著者について書かれた部分が多いな、と感じる方もいるかもしれない。だが、「主役・清に素直に向き合おう」という姿勢が見てとれるので、こちらも素直な気持ちで読めた。

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佐々木康彦

評価:星3つ

 貼り絵の天才山下清。私たちの世代は、子供の頃に観た、芦屋雁之助主演の花王名人劇場の印象が非常に強いのですが、本当はどのような人だったのでしょうか?
 ドラマではあちらこちら転々としていたように描かれていましたし、実際にそうなのですが、本作を読んでみると一時期は弁当屋や魚屋など決まった訪問先(就職先)が数件あったようです。そして、人手不足とはいえ、意外と頼りにされていたりするのが面白かったりします。貼り絵の要領で、アイスクリームの容器にスプーンを貼るのが巧かったりするのには笑いました。
 放浪さえしなければ好い人なのにと思うのですが、放浪しなければあの作品群は生まれなかったということを考えると、つくづく人生とは難しいものだなと感じました。
「貼り絵の天才」というだけでは山下清の本質を見誤る。時代が変わっても、自分の中の変わらぬ「モノサシ」で世界を見つめた、山下清の実像に迫るノンフィクションです。

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島村真理

評価:星5つ

 「裸の大将」山下清。まずは、ランニング姿にリュックサック、色彩豊かな貼り絵の作者の姿が浮かんでくる。
 では、本当の山下清はどんな人物なのか。著者が語る清は、自由を愛し、上手に世渡りする、生き生きとした愛すべき人間だ。
 ふらりと八幡学園を飛び出した19歳の時から始まる放浪の旅、時には「お父さんもお母さんも死んでしまって……」から始まる口上で仕事を得、同じように、この口上で言い逃れして食べ物やお金を手に入れていく。気分しだいで別の場所へ行ったり、時には、以前の雇い主の元に舞い戻ったり。紹介されるエピソードから、図々しさと純朴さが垣間みえて、ハラハラしたり笑ったりさせられた。
 また、戦中戦後の飄々とした生き様とは別に、「どこにでも、良い人と悪い人は同じくらいいる」と見切る鋭さ。屈託ない心と、したたかな強さがある山下清は抜群に面白くて、作品が芸術かどうかなんて議論は、バカバカしい。ただ、見たまま、受け取りたい。

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福井雅子

評価:星4つ

 半ば虚像化された「天才・山下清」ではなく、等身大の「人間・山下清」に迫ったノンフィクション。山下清といえばその貼り絵作品のほかは「純粋」「素朴」「天才」のイメージしか思い浮かばないような浅い知識で読み始めたが、のちに本人が書いた日記や周辺の人々への取材で、放浪中どこでどうやって暮らしていたかを追いかけ、山下清という生身の人間を描こうとした点でとても興味深い本である。
 山下清はレオナルド・ダビンチのような桁外れの才能を持った天才画家とは違い、類まれなる純真さ、素朴さを持ち続けたが故に普通の人には描けない作品が描けたという種類の「天才」であったように、この本を読んで感じた。ということは、「天才」を「天才」たらしめた彼の人間性の実像に迫ろうとした本書は、山下清研究本としてもとても価値ある本ではないだろうか。山下清の憎めないキャラクターが読後に静かに心に残る。

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余湖明日香

評価:星3つ

小学生の時、芦屋雁之助演じる「裸の大将」のテレビドラマを家族で見ているときに、母が言った。「この人の貼り絵は、遠くの建物の窓ガラスの数まで全部あってるんだよ。」道のお地蔵さんに供えられたお結びを食べて、ランニングシャツ一枚で旅をし、お世話になった家族に貼り絵や絵を残しては去っていく。ドラマの出来上がったイメージしか知らず、いつの時代にどのように生きた人なのか全くといっていいほど知らなかった。ドランクドラゴン塚地版の「裸の大将」は未見だが、おそらくこれでまた、ドラマでのイメージが先行してしまうんだろうなあ。
そんな私のような人におすすめしたい。日記をここまで細かく書いていた(書かされていた)のも知らなかったし、東京大空襲の直後を歩き、その風景を作品にしていたのも知らなかった。放浪への情熱と、常識に左右されない世の中や人への視点など、初めて本当の山下清に触れることができた気がする。文庫の中では図版は少ないので、実際の作品をもっとよく見てみたくなった。
残念なのが、著者も「あとがき」で書かれているように、同時代人として感情が入り込みすぎてしまっていて、なかば「自分史」になっているように思う。山下清の足跡を追っている最中に、著者の思いや生き方が挿入され、軽い筆致が読みやすくはあるのだけれど、主観が多すぎる気がして違和感が残った。

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