WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年6月 >福井雅子の書評
評価:
「マリオネット症候群」と「クラリネット症候群」の2編からなる。まったく違う話なのだが、どちらもユーモアあふれる読みやすい文章で楽しく読めるし、何よりもアイデアが面白い。まるでギャグのような展開ながら、ストーリーが面白くて「うまい!」と手をたたきたくなってしまう。「マリオネット…」のほうは、よくある人格入れ代わりがベースだが、もうひとひねり、いやふたひねりぐらいしてあるので大いに楽しめる。
かなり漫画的ではあるが、肩ひじ張らずにクスクスっと笑いながら読めて、本を閉じたときに「ああ面白かった」と思える本は貴重だ。エンターテインメント小説はこうでなくっちゃ!
評価:
これは楽しい! 作家と出版業界をめぐる冒頭の4編は、妙にリアルでちょっと毒がありすぎるように感じたが、そのほかはほどよくブラックユーモアが利いていて面白い。ショートショートのように巧妙にオチがついていたり、なるほどそう来たか!と感心する展開をみせるものもあり、とても楽しく読めた。歯切れのよい淡々とした文章も好感が持てる。
よく練られたストーリーと無駄のない簡潔な文章で、読者をどこまで楽しませることができるか──説明や装飾を削ぎ落としている分だけ、ごまかしがきかない。簡単なようで、実は相当に力のある作家にしか書けない本だと思う。まさに、長編とは違った東野圭吾の職人芸を堪能できる本なのである。
評価:
江戸時代の江戸の街を舞台に、謎の美男・幻之介の元に集まった個性豊かな三人娘が世直しに乗り出す、チャーリーズエンジェル時代劇版。老中・田沼意次と松平定信の確執という史実をうまく使って、ポップで明るいノリの少女漫画のような時代活劇が繰り広げられる。
ちょっと漫画的で子ども向けという感じだが、軽業師である小蝶の威勢のいいキャラクターは読んでいて元気が出るし、漫画を手に取るような軽い気持ちでさらっと読める。ヤングアダルト世代には受けそうだが、もっと上の世代の読者をつかむには人物設定や描写にもう少し深みがあったほうがよいと思う。この本は「紅無威おとめ組」誕生の話なのだが、続編が出たようなので、三人娘が本格的に世直しに乗り出す今後の活躍に期待したい。
評価:
半ば虚像化された「天才・山下清」ではなく、等身大の「人間・山下清」に迫ったノンフィクション。山下清といえばその貼り絵作品のほかは「純粋」「素朴」「天才」のイメージしか思い浮かばないような浅い知識で読み始めたが、のちに本人が書いた日記や周辺の人々への取材で、放浪中どこでどうやって暮らしていたかを追いかけ、山下清という生身の人間を描こうとした点でとても興味深い本である。
山下清はレオナルド・ダビンチのような桁外れの才能を持った天才画家とは違い、類まれなる純真さ、素朴さを持ち続けたが故に普通の人には描けない作品が描けたという種類の「天才」であったように、この本を読んで感じた。ということは、「天才」を「天才」たらしめた彼の人間性の実像に迫ろうとした本書は、山下清研究本としてもとても価値ある本ではないだろうか。山下清の憎めないキャラクターが読後に静かに心に残る。
評価:
強烈な本というのは数多くあるけれど、読んでいて本当に吐きそうになったのは初めてだ。これでもか!といわんばかりに陰鬱で残酷で絶望的でグロテスク。読み進めるのがつらい本だった。そういう意味では、嫌悪感が先に立ってしまっているので公正な評価とは言えないかもしれない。
とは言え、ここまで群を抜くグロテスクさはなかなかないと思うので、好き嫌いは別として強烈なインパクトを与えるそのパワーは評価できると思う。よくぞここまで凄惨でグロテスクなアイデアを思いついたという点でも、すごいかもしれない。でも、それで結局何を表現したかったのか、何を伝えたかったのかは、私にはやっぱりよくわからなかった。
評価:
石川好の『ストロベリー・ロード』に描かれていた、日本語まじりの変な英語を話す真面目で働き者の日系人オジサンたちを思い出しながら読んだ。軽快に楽しく読めるストーリーといい、ユーモラスで憎めない登場人物たちといい、気軽に楽しめるエンターテインメント小説としては悪くないと思う。
原文の英語のなかに日本語の単語が挿入されていることが多いらしく、それをいちいち”ハクジン”、”オセワニナッタ”などとダブルクォーテーションマークつきのカタカナで文中に入れてあるので、文章がやや読みづらいのが難点。おそらく原文のまま読めばそれがかえってコミカルな感じを演出しているに違いないとは思うのだが……。
とはいえ、ドタバタした喜劇風の空気も感じられて、楽しく読める本である。
評価:
なんとも不思議な世界である。一歩間違えれば突飛で無茶苦茶な話にもおどろおどろしいオカルトにもなりかねない要素を、臆することなく盛り込みながら、荒唐無稽でもオカルトでもない小説に仕上がっている。それどころか、ラブストーリーかと思うほど軽やかな文章で、死者が重要な位置を占める決して明るくはないストーリーなのに陰鬱さはあまり感じられない。
この作品の魅力は、ひとつは、暗さを感じさせずに読者をストーリーに引き込む「語りの上手さ」にあると思う。読者がすーっと物語に引き込まれて最後までもっていかれるようなストーリーテリングの上手さと、文章そのものの上手さは脱帽ものである。もうひとつは、現実とファンタジーをうまく融合させたところに確立しているジョナサン・キャロルのお話の世界の魅力だろう。ありえないこともあたりまえのように受け入れられるこの不思議世界を、ぜひ多くの人に堪能してほしい。
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