『薪の結婚』

薪の結婚
  1. クラリネット症候群
  2. 黒笑小説
  3. かるわざ小蝶―紅無威おとめ組
  4. 裸の大将一代記 山下清の見た夢
  5. バースト・ゾーン ー爆裂地区ー
  6. スネークスキン三味線
  7. 薪の結婚
岩崎智子

評価:星5つ

「おそろしく年取った女」が自分の過去について物語るところから、本作は始まる。三十代の独身女性ミランダは、美術品バイヤー、ヒューと瞬く間に恋に落ちる。だが彼には妻子がいて…とこう粗筋を書くと、おそらく大方の読者には先の予想がつくだろう。選択肢は二つ。結局は妻子の元に戻るか、それともミランダとの愛を育むか。どちらを選んでも愛は残る。だが、それにしてはタイトルが『薪の結婚』とは、ちと侘しくはないか。あれこれと悩みつつ読み進むと、「どうやらこの物語は、ありきたりのラブロマンスではなさそうだ」と思い始める。ミランダが、死んだはずの元恋人や男の子の姿を見るようになるからだ。もしかして、今見ている現実が虚構なのか?そうだとすれば、語り手であるミランダが、現実世界にこうして生きているのはなぜ?ミランダが、よく知られた怪物の呼び名で呼びかけられるところで、一瞬「えっ?」と驚く。だが、「何かを吸収する」という意味の拡大解釈だとすれば、現代社会にもこの名の怪物はいるかもしれない。そしてその怪物とは、あなたかもしれないのだ。とてつもない恐ろしさと美しさが混在した世界に翻弄された。

▲TOPへ戻る

佐々木康彦

評価:星4つ

 前半と後半で、印象がかなり違う小説でした。
 第一部はロマンス小説なのですが、後半から雲行きがおかしくなり、衝撃の第一部最終行。第二部では封印が解かれたように、第一部とは打って変わった不思議な物語が展開されます。この分量なので、だれずに読めたのかも知れませんが、全体としてみると、物語に対してページ数が少ないような印象を受けました。もっと読みたかったということです。
 リバースムービーを思わせるようなネタが最後に用意されています。これは最初の方にある伏線を読んだ段階で予想出来たのですが、最後までそのことについては忘れていて、不思議に思いもう一度読んでみたところ、読者が詮索をしないようにちゃんと仕掛けが施されていました。私がヌルいだけかも知れませんが、ちょっとした仕掛けで読者の読み方を誘導する技術に感動しました。羊の皮を被った狼ならぬ、ロマンス小説の皮を被ったダークファンタジー。面白かったです。

▲TOPへ戻る

島村真理

評価:星3つ

 人と人との出会いは必然。その出会いが人生に影響を与えるのも当然。ミランダの人生も、たくさんの出会いがあり、仕事も恋も満たされ順調にみえる。
 だが、高校の同窓会でかつての恋人の死を知り、過去にも未来にも、悲しみが影を落としたとき、死んだ者が訪れ、愛している者は去り、本当の自分と遭遇する。死の恐怖と、生きていることの罪を考えさせられる話だ。
 幽霊や超常現象がたくさん出てくるのに、それほど恐怖を感じず、より静寂を感じられる作品をあまり知らない。どちらかといえば、混乱だけがある。始まりから終りまでの道のりが、どこへたどりつくか想像が出来ない。そういう思いもよらないところが人生のようだった。でも、ミランダの行為が罪深いなら、罪を負わない人はこの世に一人もいないだろう。
 一人称で過去を書き留めた形なので、思わせぶりで真意を読み取りにくいところもある。おかげで、ストーリーを見失いそうになったのが残念でした。何度か読みなおすといいかもしれません。

▲TOPへ戻る

福井雅子

評価:星4つ

 なんとも不思議な世界である。一歩間違えれば突飛で無茶苦茶な話にもおどろおどろしいオカルトにもなりかねない要素を、臆することなく盛り込みながら、荒唐無稽でもオカルトでもない小説に仕上がっている。それどころか、ラブストーリーかと思うほど軽やかな文章で、死者が重要な位置を占める決して明るくはないストーリーなのに陰鬱さはあまり感じられない。
 この作品の魅力は、ひとつは、暗さを感じさせずに読者をストーリーに引き込む「語りの上手さ」にあると思う。読者がすーっと物語に引き込まれて最後までもっていかれるようなストーリーテリングの上手さと、文章そのものの上手さは脱帽ものである。もうひとつは、現実とファンタジーをうまく融合させたところに確立しているジョナサン・キャロルのお話の世界の魅力だろう。ありえないこともあたりまえのように受け入れられるこの不思議世界を、ぜひ多くの人に堪能してほしい。

▲TOPへ戻る

余湖明日香

評価:星4つ

幻想的で、恐ろしく、愛情と憎しみが同時に描かれているこの小説の、内容を説明することはとても難しい。
ロマンチックな映画のような、細部にあふれたこの本の、私の特に好きな部分を紹介したい。
妻子ある男を好きになった主人公は、男と田舎のとある家に引っ越すことになった。引越しが嫌いな主人公と一緒に、男は一風変わった荷造りをする。段ボールには「ターザン・ホテル」「空の利点」などといった文句を書き、箱の中身には互いに関連あるものを入れる。ターザン・ホテルとは男が少年時代にもっていたおもちゃ箱の名前だ。おもちゃ箱はもうないが、男は「ターザン・ホテル」とかかれた箱におきにいりのものを詰める。箱を開封した時に驚けるように。「おかしな人。でも好きだわ」
ものにはすべて思い出がある。買った時の思い出、その時愛していた人の思い出、一緒に買ったけれど別れてしまった人との思い出。自分がとった行動が自分と関わった全ての人にどんな影響を与えてしまったか、それを知る術はわたしたちにはない。残されたものを手にして、それにまつわる思い出を時折思い出すだけだ。
自分ともう二度と会うことはないだろう人との思い出を、そっと夜中に噛み締めたくなるような小説だ。

▲TOPへ戻る

<< 課題図書一覧