『聖域』

  • 聖域
  • 大倉崇裕 (著)
  • 東京創元社
  • 税込1,890円
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評価:星3つ

 あれ、この作家さんって山岳モノを書く人だったかな、と「?」気味にページをめくる。すると待っていたのは、それはそれは熱い山男たちのドラマ。雪山を行く彼らの真白な息まで見えてきそうな臨場感に、読み手も思わず空想のザイルを握りしめる。
 とはいえ、話の芯はミステリです。遭難死した仲間の原因をつきとめるべく、山を久しく離れた男が戻ってくる。彼が探り当てた真実とは!?──てな宣伝文になると思うのですが、中盤まではミステリとして淡泊すぎやしないかと不服だったのです。でもね、終盤でガツンとかましてくれますよ、ガツンと。(それを読めてしまった自分は、ヒネクレ者ですが)
 ジャンルに特化した小説は、その世界観を味わえるだけで十二分に読み応えアリと思います。昨年は近藤史恵『サクリファイス』が然り。本作はとにかく山男がカッコイイ! 遭難救助隊員の台詞「山と判り合おうなんてしないことです」なんて、シビレますがな。

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『乾杯屋』

  • 乾杯屋
  • 三田完 (著)
  • 文藝春秋
  • 税込 1,450円
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評価:星3つ

 お初の作家さんだったので、作風を掴もうと6つの短編を読み進めるのだが、統べて「こんな小説」とは言えないかなあと。表題作の「乾杯屋」は芸能界ウラ話的な奇想(かな?)であり、その他は「ちょっとイイ話」系だったり。個人的には永倉萬治なんかを連想した次第。人の情念をネットリと描いた感じは、好きな人は好きなはず。自分も好きです。
 短い物語の中に散りばめられた主役達の人生は、かなり濃密で、官能的で、何気に退廃感がムンムンと漲っております。その「独特の毒」のようなものを湛えながら、一人称で物語が綴られた作品も、どことなく人物を突き放したような感覚で描かれている気がするから、余計に場面場面がくっきりと浮かび上がって……嗚呼、クセになりそう。でもこれ、自分が男だから感じてしまうのかも。女性が読めば違うのだろうな。
 とまれ、新たな作家さんに出会えて、また楽しみが増えました。

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『風花』

  • 風花
  • 川上弘美 (著)
  • 集英社
  • 税込1,470円
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評価:星4つ

 川上作品特有の安定感、安心感は相変わらず。なにゆえ、これほどほんわりと染みてくるのかしらんと考えてみたのですが、思うに川上さんが描く人物には大きなドラマはあるものの、彼・彼女たちは飄々としながら、それに押し潰されない強さを持っているからかな、と。
 本作は四季折々の言葉を通じての連作集。主人公・のゆりさんに降りかかる夫の不倫騒動、若い男・瑛二とのビミョーな関係、繰り返される無言電話など、どうなるのだろうと読み手はヤキモキすることしきり。のゆりさんのポツポツとした心のうつろいに、いつの間に寄り添っている自分がおりました。「どうするんですか、のゆりさん、あなたはそれでいいんですか」と。
 閉じきっていない展開に、彼女の葛藤を感じるのですが、やっぱり強い人なんですね。そんな彼女を見守るように淡々と綴る川上文体が、もう気持ちよくて、気持ちよくて。
 ぜひ映画化して欲しいなあと。(のゆり役は麻生久美子かな、石田ゆり子もいいな)

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『山魔の如き嗤うもの』

  • 山魔の如き嗤うもの
  • 三津田信三 (著)
  • 原書房
  • 税込1,995円
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評価:星3つ

 これはもう、王道じゃないですか。閉ざされた山村で、金鉱をめぐって一族が確執、でもってひとりまたひとりと殺されていく……これにモジャモジャ頭をかきむしりながら探偵さんが登場すれば、誰が見てもアレですよ。でも刀城言耶シリーズってのは想像以上にダイナミックなんですね。兄一家が閉ざされた空間で姿を消すてな本格ネタは「オオッ」てな感じ。あとは弟一家らが殺されていくトリックと動機に興味津々となり、ページを捲る指がとまらなくなるのですよ。でもって、ドンデンガラガラ(!)ですもん。
 好きな人にはたまらないミステリなのでしょう。自分としてはオドロキの展開に引き込まれたものの、読ませる為の殺人ってものに今イチ入りきれないものがありまして。それと、もつれまくった人物図解にヘコタレ気味になっておりましたゆえ、ちょいとツライ読書タイムでした。
「面白く読んでんだから、いーじゃんよ」と言われれば、それまでですけど。

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『享保のロンリー・エレファント』

  • 享保のロンリー・エレファント
  • 薄井ゆうじ(著)
  • 岩波書店
  • 税込1,575円
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評価:星4つ

 変幻自在なストーリー・テラーとして、この作者の小説には信頼を寄せているのですが、ほほう、まさか時代モノでくるとは……ちょっぴり意外、だからこそ注目大でありました。
 享保年間、徳川吉宗の命で象が輸入されたのは史実。現代だって東京にアザラシが出現すれば大騒ぎだもの、江戸時代に象なんて大変だったでしょう。本作は、その象が長崎に上陸してから江戸に落ち着くまでの、各地点で繰り広げられるドラマを紡ぎ上げたもの。これがまあ、話の作り方がどれも巧い。大御所先生が描くようなシッポリ感は薄いのですが、情感と幽玄がブレンドされた特異な時代モノに、入り浸ってしまいましたよ。
 とどめはエピローグの「吾輩は、象である」って……やられました、降参です。さんざんしんみり読ませておいて、かなりトリッキーなことをしでかしてくれますから、たまらないです。もう一回、時代モノをおかわりしたい気分です。

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『壁抜け男の謎』

  • 壁抜け男の謎
  • 有栖川有栖(著)
  • 角川グループパブリッシング
  • 税込 1,575円
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評価:星3つ

 お、定番キャラが出てこない有栖川センセの短編集、何気に新鮮だったりして。挑戦状チックな本格ミステリものは数品で、あとはアレアレ……オマージュ? SF? 官能? これはどういうコトだと読みすすめ、「あとがき」で謎がとける。まるで本全体がミステリ。
 あらためて懐の広さを体感できます。どこから読んでもいいですし、どれを読んでもサッと話がはじまりサッと終わるお手軽感。自分なんか芝居を見に行って、幕間に読んでたりして。
 本全体の統一感──と問われると困ってしまうのですが、ユーモアとエスプリがぽわんと香る有栖川ワールドはもちろんあります。だけどノンシリーズものを集めた混沌具合は、むしろそれを楽しんだ方が勝ちかもしれません。蘊蓄はいいです。この書評も気にしないで、わりとユルめな作品たちを「こんなのアリかよ〜」とツッコミながら読んでみては、と。
 あ、個人的には「猛虎館の惨劇」がツボでした。

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『変愛小説集』

  • 変愛小説集
  • 岸本 佐知子(著)
  • 講談社
  • 税込1,995円
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評価:星4つ

 ここ最近、注意力が著しく低下している為か、4作目の「まる呑み」を読むまで、本作タイトルを『恋愛(れんあい)小説集』と思いこんでた。で、やっと『変愛(へんあい)小説集』であることに気付く→「……」としばし言葉をなくす→妙に納得する。
「変だ! この小品たちは、すこぶる変だ!」と絶叫する(心の中で)。
 だが、こんなことも考える──ノーマルとアブノーマルの境目は、何処にあるのか、と。人間誰しもアブノーマルな部分を抱えているハズで(特に色恋モードであらば、顕著な奴、ぜったいいる)、小説なる疑似体験ワールドに身を置いた場合、これらのズレまくった「変愛」の数々をどう読んでいけばいい? いや、もはや自分はこの作品の中に……うわあっ! アブナイアブナイ、危うくそっちの世界に行っちまうとこだったゼ。訳も「グー!」だし。
 てな具合に思考回路が痺れてきます。毒として読むか否かは、アナタ次第。

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勝手に目利き

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『「最長片道切符の旅」取材ノート 』 宮脇俊三/新潮社

 その人にとっての“神様”がいると思います。野球ならイチロー、ROCKなら永ちゃん、格闘技なら猪木などなど……。自分の神様は宮脇先生でした。小6の時、K先生から『最長片道切符の旅』を紹介してもらわなかったら、今の自分はないと断言できるほどです。
 鉄道紀行文学を確立した著者は生前「メモはほとんどとらない」と語っていましたが、『最長〜』は、長女・宮脇灯子さん曰く「鉄道紀行作家としての一冊目のノートであり、相当気合いが入っていた」らしく、一冊の本になるくらい克明なメモが残っていたのです。
 30年の歳月を経て届けられたメモには、廃線となった懐かしい路線名、「××まずし」てな率直なコメント、病気の娘を気遣う言葉など、“神様”の素顔にまた一歩近づける内容が。「そんなものを見せおって」と泉下の著者はご立腹とは思いますが、ファンにとっては感涙モノの資料ですよ、先生。素敵なメモを遺していただき、ありがとうございます。

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『サザエさんの東京物語』 長谷川洋子/朝日出版社

 日曜の午後6時半、あの国民的アニメを楽しむ一方で、月曜を迎える憂鬱を感じる人、多いのではないでしょうか。私事ですが、違う意味であのアニメは苦痛なんです。だって自分と同じ名前が叫ばれて、波平さんに「バカモ〜ン!」って怒られるんだもん。
『サザエさん』関連では、作者の長谷川町子先生や「マー姉ちゃん」など、生み出した方々のエピソードも有名ですが、この本は妹さんの手記。「町子姉は家の中では『お山の大将』で傍若無人……」など想像と違うイメージ。でも「猫に魚を盗まれる」「出発ロビーにお金を置き忘れ、飛行機が飛び立って、アッ」など、どこかで聞いたようなエピソードも。
 でも、そういった逸話よりも、一家の主を早くに失い、母と娘で奮戦する話の数々は、漫画や朝ドラを超える女性達のたくましい姿そのもの。また、姉たちと袂を分かった洋子さんの決心は、一人の女性としての強さを感じる次第。読みごたえあります。

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佐々木克雄

佐々木克雄(ささき かつお)

 惑ってばかりの不惑(1967年生まれ)、仕事は主夫&本作りを少々。東京都出身&在住。
 好きなジャンルは特になく何でも読みますが、小説を超えた「何か」を与えてくれる 作品が好きです。時間を忘れさせてくれる作品も。好きな作家は三島由紀夫、宮脇俊 三、浅田次郎、吉田修一。最近だと山本幸久、森見登美彦、豊島ミホ。海外の作品は 苦手でしたが、カルロス・ルイス・サフォン『風の影』を読んで考えが変わりました。
 10歳で『フランダースの犬』を読んで泣き、20歳で灰谷健次郎『兎の眼』、30歳で南 木佳士『医学生』で泣きました。今年40歳、新たな「泣かせ本」に出会うべく新宿紀伊國屋本店を徘徊しています。

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