『聖域』

  • 聖域
  • 大倉崇裕 (著)
  • 東京創元社
  • 税込1,890円
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評価:星4つ

 大倉崇裕といえば「落語」というイメージがあります。実際、デビュー作は落語ミステリで私が初めて読んだ著作もこのデビュー作『三人目の幽霊』です。面白いのに地味なのよねえ、早く文庫化して書店員さんに仕掛けてもらって売れてくれないかなあ…(てか自分が仕掛けろよという話だけど)とずっと思っていたら、辞めた後に文庫になってしまいましたよ。残念、いやいいことなんですが。で、その大倉崇裕の最新作が山岳ミステリ。え、山?落語は?と戸惑いながらも読み始めるとこれが止まらない。
 ある事故をきっかけに登山をやめてしまった男が大学時代からの親友に誘われて久しぶりに山に登った10日後にその親友が山から滑落し行方不明に。しかし親友は山に関してはプロ。なぜ滑落したのか、事件ではないだろうかと男はその謎を追うという話。
 謎を追う過程で親友の恋人の死にも疑問が浮かび、そして自身が山をやめるきっかけとなった事故にも向き合うことになるなど、これまでの作品に比べずっとシリアスで作りこんだミステリになってます。ただ、結末を少し急ぎすぎたかと。もう少し枚数を使って解決部を丁寧に描いた方が余韻も残ってよかったのではないかと思います。

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『乾杯屋』

  • 乾杯屋
  • 三田完 (著)
  • 文藝春秋
  • 税込 1,450円
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評価:星3つ

 「乾杯屋」って本当に存在するのか?でも芸能界ならありそうだと思いながら読んだ表題作をはじめ、なんだかありそうだけど現実ではないのかなと思わせる話が6編入った短編集。面白いと思ったのは「乾杯屋」「女王の食卓」「メイクアップ」の3編。
 「乾杯屋」はパーティで乾杯の音頭を取る役目を退職金をはたいて買った窓際芸能記者の男が芸能界の裏側を見ることになり、自身もまた徐々に変わっていく話。ウエー、芸能界って怖いなあ、と思いながらその芸能界でたくましく生きる人間の姿が滑稽であり、また哀しくも思える。「女王の食卓」はポップソングの女王とその夫を付き人の目から見た話。モデルはあの人か?と下世話なことを想像してしまう。「メイクアップ」は元風俗嬢が縁あって葬儀場で湯灌の仕事をするようになるこの短編集では一風変わってハートウォーミングな話。しかし、芸能界ではないにしろ性と死という人間の最も裏側の部分に触れていると言う点では同じ。
 どの話もその底辺に人間の持つグロテスクさのようなものが見え隠れしており、それが時に読者の心に触れるとゾゾッとさせている。そこがこの短編集がただの奇譚にならないところなのかもしれない。

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『風花』

  • 風花
  • 川上弘美 (著)
  • 集英社
  • 税込1,470円
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評価:星3つ

 職場の女性と不倫している夫を持つ妻の話。
 正直言ってこの主人公嫌い。まず自分がどうしたいのかがわからないし、ウジウジクヨクヨしてて頼りない。ある種の男性から見れば守ってあげたいとか思われるんだろうけど、そばに居られるとイライラしてくると思う。不倫しちゃうダンナも最初は守ってあげる感から一緒になったんだろうけど、だんだん自己主張しない奥さんに飽きて正反対のハキハキした女性に恋をしてしまったのでしょう。浮気はいかんが気持ちはわかる。
 本書の中盤までは夫は不倫を続け、妻は別れるか別れないか揺れ動くというところで話がなかなか動かずにウーンと思ってしまうけど、そこからもう少し頑張ってください。別れない、と決めてからは少しずつ強くなり、自分が何をしたいのかがわかってくるあたりから話が動き始めます。夫の転勤や転勤前から続く無言電話の正体がわかってから夫婦の間の空気が変わり始め、妻の心もまたそれまでとは違う方向に動き始めます。
 これらを描く川上弘美の少し無機質で人物を突き放したような文章は好きなんだけどやっぱりこの主人公嫌い。

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『山魔の如き嗤うもの』

  • 山魔の如き嗤うもの
  • 三津田信三 (著)
  • 原書房
  • 税込1,995円
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評価:星4つ

 三津田信三は『ホラー作家の棲む家』など初期の作品を数冊読んだことはあります。ミステリ要素は強いんだけど、やっぱりホラーの部分が苦手でその後手をつけることができずにいる作家です。が、昨年刊行された『首無の如き祟るもの』が各ミステリベストの上位に入り、これはすごい!とあったので読みました。…、すごいです。首切り殺人事件の謎がパタパタパタ〜と解決するところなんかはミステリ読んだ〜という爽快感を感じます。
 で、そのシリーズの最新刊が本書。今回は人間消失と旧家で起こる連続殺人事件です。旧家といえば横溝正史ですが本書も横溝ばりに旧家の慣わしやら因習やら怨念やら不吉な童歌に絡めた見立てやら仕掛けがてんこ盛り。これらの風俗が事件に一層陰を落とし、暗ーく湿っーぽい印象を与えています。見所はやはり人間消失と連続殺人事件がどうリンクして解決に導いていくかでしょう。この本格ミステリをお楽しみください。

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『享保のロンリー・エレファント』

  • 享保のロンリー・エレファント
  • 薄井ゆうじ(著)
  • 岩波書店
  • 税込1,575円
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評価:星2つ

 最近、上野動物園のパンダが死んだということでいろいろと報道があったり、日中間でいろいろと交渉があったりとパンダ愛好家ではない私にしてみれば「パンダぐらいで…」と鼻白んだものです。しかし、パンダが初めて日本に来たときの話を聞く限り、ものすごくフィーバーしたらしい。やっぱり初めて見る動物が来るのはワクワクするもの。メディアが発達した現代ですらドキドキするのだからメディアの発達していない江戸時代、見たことのない動物が来るとなればそりゃワクワク×5くらいはおかしくない。本書は江戸時代に象が海外から来る!ということで獣医や役人など直接関わった人々から一見物人まで象が来たことで動き始めた人間模様を描いています。中でも象を呼んだ張本人8代将軍吉宗と息子の家重との交流を描いた「千日手の解法」がよかった。虚弱体質の息子に多くを求める質実剛健の父親とその父親に反発してしまう息子が象を介して徐々に心を通わせていく情景が心温まる。しかし、最後の象から見た人々を描いた「象を引く」は必要ないかも。後日談がどうしても説明口調になってしまい一連の流れに合わないように思います。

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『壁抜け男の謎』

  • 壁抜け男の謎
  • 有栖川有栖(著)
  • 角川グループパブリッシング
  • 税込 1,575円
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評価:星3つ

 いろいろな出版物に発表されたノンシリーズの作品をまとめた短編集。本格ミステリから怪奇、SF、恋愛ものとジャンルは多岐にわたっていますがそれらの作品の中に仕掛けられた謎はキラリと光るものであり、その謎をどう扱うかがそれぞれの短編のミソ。1つの謎の扱い方でミステリにもSFにも恋愛小説にもしてしまうことができるのではと思わせます。
 しかしながら有栖川有栖といえば本格ミステリを味わいたいところ。「ガラスの檻の殺人」表題作「壁抜け男の謎」「キンダイチ先生の推理」「猛虎館の惨劇」なんかはおおっと驚くラストが素敵。「ガラスの檻の殺人」の客の来ない私立探偵や「キンダイチ先生の推理」の売れない小説家はこれでシリーズになっても面白そうだし、タイガース歴代監督の名前のついた刑事たちなんかは今の強くなったタイガースを見れば狂喜乱舞して事件どころじゃなくなりそう。なんだか想像のふくらむ短編集です。

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『変愛小説集』

  • 変愛小説集
  • 岸本 佐知子(著)
  • 講談社
  • 税込1,995円
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評価:星3つ

 「恋愛」ではなくて「変愛」。「変愛」という字を見たときにふと思い出した話から。中学生の頃、まだ歌詞を手書きするという文化があり、あるクラスメートが当時流行っていた歌の歌詞を書いて持って学校にきたんだけど、「恋人」を間違って「変人」って書いちゃったからみんな爆笑。面白いから「変人」のまま歌った。
 本書にも負けず劣らずの「変人」が恋をしたり、恋の対象が人間じゃなかったり、愛の表現がへんちくりんだったり。でも、考えてみれば恋する人はどこか普通と違って変になる。好きな人のそばに寄れば妙にギクシャクしたりはにかんだり、付き合ってるカップルは人前でいちゃいちゃし、恋する人々はどうも周囲が見えていない。そうみんな恋愛するとどこかで変になる。
 本書はもう少しエスカレートした変愛が盛りだくさん。木やバービー人形に恋したり、好きになった相手を丸飲みにしたり。しかし、対象や表現法が変というだけで気持ちは普通の恋愛を変わらない、小説の人物たちから見ればこちらこそ「変愛」に思われるのかも。

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下久保玉美

下久保玉美(しもくぼ たまみ)

 1980年生まれ、今のところ主婦。出身地は山口県、現在は埼玉県在住。
 ミステリーが大好きでミステリーを売ろうと思い書店に入ったものの、ひどい腰痛で戦線離脱。今は休養中。とはいえ本を読むのだけはやめられず、黙々と読んでは友人に薦めてます。
 好きな作家はなんと言っても伊坂幸太郎さん。文章がすきなんです。最近のミステリー作家の中で注目しているのは福田栄一と東山篤哉。早くブレイクしてもらいたいです。
 本という物体が好きなので本屋には基本的にこだわりがありません。大きかろうと小さかろうと本があればいいんです。でも、近所の小さい本屋にはよく行きます。
 どうぞよろしくお願いします。

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