WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年6月の課題図書 >増住雄大の書評
評価:
自分が本当に好きなことを、仕事に絡めるのって、勇気がいる。だって、それで上手くいかなくて、好きだったことが好きじゃなくなっちゃったら目も当てられない。
本書はどのくらいの勇気を出して書かれたんだろうか。大学時代に山岳系サークルに所属していた著者が、渾身の力で書き上げた(構想から完成まで10年!)本作は、力作という言葉が似合う、力強い「山岳ミステリ」だ。
好敵手であり親友でもあった安西が、難易度の低い山で滑落したという知らせに草庭は動揺する。一体なぜ滑落したのか? その謎を解き明かすために、三年前のある出来事以来、山に登るのをやめていた草庭は、再び山に向き合うことを決意する。
私は登山をほぼ経験したことがない。だから私の身体は実際の登山を知らない。なのに、読んでいて、過去にしたことを身体が思い出すような、不思議な感覚に陥った。それぐらいの描写だった。山を好きなことが伝わってきた。
評価:
青春小説って私は好きだし、よく読むけれど「今だから面白いんだよなあ」って思ってしまうことがしょっちゅうある。30年後に、その時代の新作現代青春小説を楽しんで読める自信はない。そんときに何を読めば良いんだろうって思って、出した結論の一つが歴史小説で、だから今、意図的に歴史小説はあんまり読んでない。北方水滸伝とか超読みたいけれども「これは多分30年後に読んでも面白いから」とか思って取っておきたくなる。
でも、本書みたいな小説が、いまも、30年後にもあるのなら、別に無理して歴史小説を取っておかなくても良いかな、という気分になった。
というわけで、本書は50~60代の方たちが、メインの登場人物として出てくる短編集っす。著者自身が、その世代のためか、若手作家の描く壮年期の人物より「本当らしさ」が出ていて、そーなのかー、と。作品は粒ぞろいで、気持ち良いばかりでなく苦味も混じる感じ。いいね!
ただ、一つ。17歳の女の子を一人称語り手に採用した「匂鳥」はちょっと……。話の筋は好きなんだけど、文章(文体)やディテールに違和感。無理がある感じがしてしまいました。
評価:
日下のゆり33歳。システムエンジニアの夫と結婚して7年。匿名の電話で夫の浮気を知らされ、更に夫に離婚をほのめかされる。わたし、離婚した方がいいのかな。
約4年間に渡り、文芸誌に少しずつ掲載されてきたこの作品は、その執筆ペースにあわせて、ゆっくり、ゆっくり読むといいんじゃないかと思う。
のゆりの、ひとつひとつの思いや感情の揺れ動きに、ぐっとくる。悩んだり考えたりするのって大事なことだと思うけれど、ちょっと面倒な作業でもある。そんなことを意識する。
のゆりは何気ないもの、少し時間が経ったらすぐに忘れてしまうものを、ちゃんと見ている。それは風呂場の落書きだったり、靴下の形や色だったり、一緒に食事をとっている人の食べ方や食べる速度だったり。そういうディテール部分をしっかり描いているからこそ、世界に厚みがある。
ずっと本棚に入れておこう、と思った。
評価:
こういうやつだったのか!
昭和の日本を舞台に、素人探偵の推理小説家が民間伝承の伝わる地を巡って云々……などと聞いたときには、何とも古めかしい印象を受けました。今どき古風な探偵小説かなあ、なんて。
全然違った!
設定は思ったよりこちゃこちゃとしていない。登場人物は多いけれど、混同しないような配慮がしっかり(キャラ立ってる)。会話文はライトで何とも親しみやすい。描写は簡潔でわかりやすくて映像が浮かぶ。そして、シリーズものですが、この話からでもイケる!
いいっすね! これからもファンがどんどん増えていくであろうシリーズです。ベタ褒めする人がいるの納得。
蛇足っぽいですが、ミステリパートについて。いつもいつもミステリ小説には、すこーん、と気持ちよく騙される私ですが、今回ばかりは早い段階で大きなからくりに気付きました。そして自ずと犯人の目星もつきましたが、私の推理だと細かい部分の謎が解明できないのと、何より決定的な否定材料が最初の方に一つ。だから、こうだと思うけど違うんだろうなあ、と思っていたら紆余曲折を経て、最後の最後で、あれ? 私が考えていた通りに? でも、それだと……って最後まで読みきって、続けて否定材料だと思っていた部分を読み返したら……ああ、注意深く矛盾が生じないように記述してある。負けました。
評価:
版元やレーベルによって「こういう本なんだろうな」って、読む前からある程度のイメージが浮かぶことってあるよね。本格ミステリだろう、とか、ラノベっぽいやつかな、とか。で、本書は岩波書店。固めの重い本(中身が、ですよ)を予想していたのだけれど、良い意味で肩透かし。固さも重さも適度な連作短編集でした。
享保十三年、徳川吉宗に所望された象が長崎に着く。象は陸路を徒歩で江戸に向かう――
その時代に生きている人々の日常が、象という非日常の存在によって少しだけ変化する。いや、象はきっかけにすぎない。本当はずっと前から、変わるはずだったのかも。
象の来訪により訪れる変化は、必ずしも良いことばかりじゃない。でも、その変化に向き合うきっかけをくれたことを、象に感謝するべきなのかもしれない。
最後の1編、良いですね。それまでの全てをつなげる1編。ファンサービス。
評価:
犯人当て推理小説、作家のトリビュート(内容や文章を似せている)、発表媒体にあわせた実験的小説、エロティシズムをテーマにしたアンソロジーに収録されていたものなど、モチーフ・題材・文体がバラバラの短編集。どの作品も短めなので、隙間時間にサクサクと読んで楽しめました。
犯人当て小説は……犯人もトリックも見当がつきませんでした。というか、よく考えないで真相を読み始めちゃいました。もっと考えてから読めば良かった。
作家トリビュート系の小説は、トリビュートされている作家の作品を読んだことがないと、楽しみが減っちゃう場合がありますよね。ま、今回私は、そうだったんですけれども。いや、けど、本書の収録作を読んで、元ネタの方を読みたくなりましたね。
……あれ? 何だか不満を述べているみたいになっちゃいましたね。何でだ? いや、不満なんて微塵も感じなかったですよ。おもしろかったですし。ただ、自分は本書を100%楽しめなかった残念な読者だったのかも、と思い始めました。どうなんだろう。
評価:
恋愛ではなく、変愛。これは私が小6のとき、旅行委員のHが「修学旅行のしおり」上でやった間違いだな、というのを急に思い出した。ここ10年間くらいは、意識にのぼることが全くなかったのに。それでちょっとだけ楽しげな気分になって読み始めた。ここまでは本書の内容と全く関係のないつかみの部分なので読み飛ばしても大丈夫です。
現代英米文学のアンソロジー。SF? と言っていいのだろうか、へんてこりんな話が多かったのだけれど、それは嫌な変じゃなくて良い変、おもしろい変であった。一例を挙げるなら「僕らが天王星に着くころ」(天皇制って誤変換に気付かないところだった。危なかった)なんてのは、身体が徐々に宇宙服になって終いには(姉妹って誤変…)宇宙に飛んでっちゃう病気が世界的に流行り始める話で、今あらすじ説明書いててもやっぱり変。でもその変さが嫌じゃないんよ。良いのよ。そんで愛の話なわけだけど、その恋愛的要素も嫌な感じの入り方じゃないわけよ。これはもうこの本を好きになるしかないね。
訳しているのは一人なんだけど、たくさんの人が書いている感じは確実に伝わってきて、翻訳小説における翻訳者って大事ね。岸本佐知子さんが訳している本は鉄板っぽい。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年6月の課題図書 >増住雄大の書評