WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年7月の課題図書 >望月香子の書評
評価:
「母さん」に対する想いが、いくつもに枝分かれしていて、それがやがてひと筋となり、大木に繋がるような母娘の愛憎日記。「母さん」への想いが、「娘」によって、ひとつひとつの思い出をからだの中から取り出すように並べられています。だから、簡潔な文章だけれど、血の生臭さふが立ちのぼるよう。
愛したくて、愛されたい女性からの愛が分からず、好きになれなかった「母さん」についてを、70歳になる「娘」が描いた、記憶と日常。感情的とも、淡々とも違うその文章が、事実と想いを浮き彫りに伝えています。
後半の「母さん」と「娘」のベッドでのシーンには、言葉を失います。「母さん」と「娘」の、女と人間のこの物語を、「シズコさん」している母娘もそうじゃない人もぜひ読んで欲しいです。
評価:
太平洋にある無人島に流れ着いた32人。女は清子、ひとりきり。トウキョウ島と呼ばれるようになったこの島で、32人の生への執着と、欲望が…。
孤島で助けを待ちながら、やがて島の暮らしを開拓してゆく様子に、人間の底力を見せられたよう。その生命力がエゴとなり、権力や分裂に発展してゆく様子を、人間くささを匂い立たせ描ききった、桐野夏生の威力を改めて感じます。きれいごとを取り去った人間の残酷さ、欲望、かなしさをここまで描ききる作家は、そうはいないと思います。
ゼロからはじまったトウキョウ島と、そこに流れ着いた人々の運命が気になりつつも、そのうちに、島が国のようになってゆき、権力や神話が生まれてゆく島での生活そのものへの興味が、大きくなってゆきました。
永遠のテーマ(?)である「無人島に行くときに、ひとつ何を持ってゆく?」への答えが、ますます分からなくなります…。
評価:
タイトルが、妙に気になりました。
その表題作合わせて4つの物語が収録されています。どれも恋愛もので、おっ、と思うストーリ展開が魅力。
いつもと同じ毎日が、ちょとしたことがきっかけで、とんでもないことになってしまったり、考えられなかった方向に流れたり…。ふつうの人の、ふつうの毎日の、ふつうのご褒美が描かれています。そのふつうに舞い降りる奇跡のような瞬間に、心のささくれが、そっと撫でられるような読後感。
「百瀬、こっちを向いて。」と、「小梅が通る」が、特に好きです。
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直木賞受賞した著者の受賞後第一作。主人公は12歳の少女、荒野。恋愛小説家の父親と「ばあや」との3人暮らし。
12歳から16歳までの荒野の成長が、父との関係、社会、恋愛を通して描かれているのですが、桜庭一樹の生む少女は、やはり手強い。子供の鈍感さや無邪気さと同時に、女としての感性が見え隠れした鋭い観察眼に、参ります。主人公が幼い少女という時点で、損をする小説が多々あるように思うのですが、著者のそれは、その年頃の女の子の突出した感性ならではの物語となっています。
荒野たちが住む家にやってくる女性を捉える視点が、少女のまっさらさと、女のものとが交じり合い、大人と子供の間で揺れ動いている年代の女の子特有の感性が、炸裂です。
感性鋭いけれど、やはり子供の荒野のそばで、ときに女性たちが発する、湿り気と粘り気の対比に、ぞくぞくとさせられます。こんな少女時代を送れたら、それは辛いことも多そうだけど、とてつもなく色っぽい女性になるのでは…。
荒野以外の登場人物も、皆が主役になってほしいほど背景があります。素晴らしい。
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恋人と別れたばかりで、友達もいない、社会人5年目の「わたし」の前に、行方不明の弟が突然、現れてから「わたし」の日常に対する意識が、あることをきっかけに変化してゆく…。
「わたし」がつく嘘、日常に対する疑問が、簡潔さと透明感のある文体で描かれています。その日1日を、どうやったら自分は満足できるのか、それは自分の価値観によってなのか、それとも、誰かに聞いてもらって、充実してるね、と思ってもらいたいからなのか。人と繋がるというのは、どういうことなのか、考えさせられます。友達と会って食事や買い物を楽しんだり、会社の人と飲みにいったり、趣味があったりという当たり前とされていることに不器用な「わたし」の揺らぎと葛藤に、不安の芽を見つけられたような気持ちになります。
目の向け方次第で、こんなにも可能性がみつけられるんだ、と「わたし」の歩き方に、救いを見出せます。
評価:
8つの物語が収録された短編集。ロマンティックな恋愛物語、社会と自分との関係を描く物語、ホラーなどが、それぞれテーマにあります。どの物語も、根底には、愛と時間という命題が流れているように思います。
特に好きなのが「ディスチャージ」。軍事訓練中の洗脳から、記憶を取り戻そうとする、若い男が主人公。「夢の大聖堂」なる場所を発見した男は、そこでさまざまな人の力を借り、自分自身を取り戻してゆき…。
ひんやりとした雰囲気に包まれた、場面場面をさっと浮き彫りにする文体が、とても好きです。著者の作品を、もっと読んでみたいです。
評価:
食事中のテーブルで、ちょっとした口げんかの際に出た「呪いの言葉」。島を所有しているフラント氏に向かって、義弟のテスリン卿が言ったその「呪いの言葉」の直後、フラントは、死亡する…。
えーっ?! と思わず口に出しちゃうような展開に、あっという間にページは進みます。
不可能状態の犯罪、孤島、呪い、と気になる状況設定と要素とオカルトが絡み、その混じり方が、かなり巧妙で効果的。
探偵ローガンが、完璧な第三者ではない、というのもかなり読ませます。
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