WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年7月の課題図書 >松井ゆかりの書評
評価:
この作品は新潮社のPR誌「波」に連載されているときから貪るように読んでいた。毎回胸が痛くなるのがわかっているのに、それでも読むのをやめられなかった母と娘の物語である。
私自身の母との関係は過去・現在ともに良好であり、そういった意味では自分の投影としてこの文章を読んだのではない。しかしながら、家族同士の不和は私の育った家庭にもかつて存在した。私は肉親だからといって無条件に愛情を抱けるものではないこと、またそれを頭でわかってはいても罪悪感を覚えずにはいられないことをずっと前から知っていた。
著者の母シズコさんが子どもたちに対してほんとうに愛情を持っていなかったかどうか、私にはわからない。シズコさんの真意を尋ねることももうかなわない。さらに言うならもし愛情があったとしても、それで虐待の事実をちゃらにしていいわけでもない。
それでも、最後の最後に著者が到達した心境を、僭越ながら私は祝福したい。家族とはときに疎ましくときに理不尽であるが、否応なく自分を形成しているものでもあるからだ。
評価:
美人で(←というような評価のされ方をご本人は好まないのではないかと思いつつ)聡明で力強さもある。桐野夏生という人は、女性としてももちろん作家としてももっと穏便な人生を送れると思うのに、絶えず読者を挑発し続ける存在だ。
無人島に漂着した主人公清子と夫の隆。その後も次々と若者がその島に流れ着いた。島でたったひとりの女としていつしか清子はある種の権力を握るようになる。
よく「無人島にひとつ持って行けるとしたら何にする?」というようなのんきな質問があるが、冗談でも無人島行きの可能性など否定したくなるような過酷な状況がここには描かれる。物資の不足や衛生面の問題もだが、それ以上に精神的に耐えられそうにない。しかしながら、清子は堂々と生き抜いている、それどころか、エンジョイという言葉に近い状態で暮らしているようにも思われる(むろん平常時には無人島に漂着したいなどと思ったことはないだろうが)。凡庸な読者は小説の中の追体験だけで十分だと思った。
評価:
学校生活においてのみ発生しうるような憂鬱(どうしても気の合わないクラスメイトがいる、大勢の前で発表することを考えると動悸がおさまらないetc.)を昨日のことのように瞬時に思い出させる、少々困った力を持った短編集である。
表題作にはいまひとつ感銘を受けなかったのだが(二股をかけるような輩も、愛するあるいは尊敬する人物のためとはいえ別の相手とつきあっているふりをするような面々も感心しない)、その他の作品はどれもよかった。特に気に入ったのは「なみうちぎわ」。
しかし、最も素晴らしいと思ったのは恋愛小説としてではなく、友情小説としての側面だ。例えば表題作の田辺くん(他の登場人物たちは好きになれないが、彼だけは好感が持てた)、例えば「小梅が通る」の松代さんと土田さん。彼らのようにまっとうに生きている人々がいちばんえらい。
評価:
前作「私の男」で濃密な男女の情愛と共犯者でもある彼らの許されざる過去の秘密を描ききった著者。第138回直木賞受賞作でもあった作品であるが、その受賞後第一作が「荒野」である。…いや、戦略としてこれでいいのか、桜庭さん。直木賞の講評でかなり手厳しい意見を述べておられた選考委員の、例えば北方謙三氏あたりは本書を読んで血圧が上がったりしてはいまいか…と一読者が厚かましくも苦言と取られかねないようなことを書き連ねてしまったが、個人的にはこの作品大好きである。ああ、もう!と気恥ずかしさに身をよじらずにはいられない初々しくラブリーな初恋話。
ほとんど手放しでこの小説を絶賛したいくらいだが、以下は今度こそ苦言(というかただの難癖)。
・主人公荒野の父正慶は「私の男」の淳悟によく似た感じであるが、この手の男子のよさがわからない(淳悟は特に同性からの熱烈な支持を得ていたようだが、どこがそんなにいいのか?)。
・「女の子だから勉強はほどほどでいい」みたいな記述があるのに不満を覚える(いわゆるライトノベル系の作家の作品によくみられる気が。必ずしも著者の主張とは限らないのだろうが…)。
・荒野も悠也もなぜコンタクトにしてしまうんだ! 以上。
評価:
たいへん失礼な言い方になるが、青山七恵という作家がこれほどうまい文章をかくとは思わなかった。いや、もちろん芥川賞受賞作家が優れた文章力を持っているからといって何ら不思議はないのだが。むしろ、うまいなと思う部分があちこちに見られ過ぎることが気になった。
表題作は友人もおらず恋人とも別れて間もないOLのまどかが主人公。そのまどかのもとに4年前に会ったきりの弟風太が現れる。
会社での自分の居場所がない感じが描かれた部分は、小説家なら書けて当然ではあるかもしれないが、こういう空気わかると思わされた。風太がいろんな人にその日一日のその人の行動を聞いて書き留めた生活の記録ノートといった小道具の使い方や、風太の友だちの緑くんとまどかが親密になりかかるくだりの話の運び方も、若干狙い過ぎの印象を受けるもののやはりうまい。ほんとにいいなと思ったのは、中盤までの「上手に書けてます」的なパートを過ぎたところでにじみ出る姉弟の淡そうでありながら確実に存在する繋がりである。弟(しかもあまりべったりではない仲の)がいる姉にはよりピンとくるのではないだろうか。
評価:
「奇術師」で初めて著者の名前を知ったので、ミステリー作家としての印象が強かったプリーストだったが、なるほど本書を読んでみれば紛う方なきSF作家とわかった。
表題作ということもあり最も印象の強かったのは「限りなき夏」だが、一読者としての感想を言わせてもらえば、表題作はなぜ凍結されるのかの説明がないのがよい(主人公たちからの賛同は得られないことだろうが)。「愛こそすべて」的エンディングであるが、この後ふたりの蜜月はいつまで続くのであろうかと他人事ながら気が気ではない。
「いつもいつもしけた顔してんじゃねえよ」
「しょうがないでしょ、お金の苦労なんてしたことないもの」
「こんな女のために人生棒に振ったようなもんだな…」
「それはこっちの台詞よ!なんでこんな貧乏暮らししなきゃいけないの!きー!」
といった修羅場ばかりが思い浮かぶ。
蛇足になるがあと1点。解説によればプリーストは凡庸な家庭に生まれたことを嘆いているそうだが、人間としてはまことに恵まれたことだ。個人的には話が合わないかも。
評価:
古式ゆかしいミステリーを読んだという手応えの得られる一冊(本書は1942年に刊行された)。一族に伝わる呪い、衆人環視の中での殺人、魅力的な探偵役(自分の好みでなかったが)、帯の「絶対不可能犯罪!」のコピー、極めつけはポケミスという体裁!それでいて“絶海の孤島”ものにはならないところも鷹揚な趣向でグッドだ。タイトルの「絞首人の手伝い」という言葉も謎のひとつ。個人的にはあんまりオカルトっぽいものや気味の悪いものは苦手なのだが、最終的にはきちんと説明がつけられるのでよし。
本筋である“呪いによる殺人”もさることながら、唐突に判明する探偵役(本業は賭博師)ローガン・キンケイドの数奇なる半生も味わい深い。細部に至るまでアクロバティックさを堪能できる作品である。
私がこの本を読了するまでの経過を簡単に示すとこうなる。
(読み始める)
(もしやこの話はSFがらみなのかと思い始める)
おや、この本は…!(驚愕)
〈自分に内蔵されている“バカミスレーダー”反応〉
(読了)
自分には何の取り柄もないと思いこみ、夫との関係も冷え切っている華美と、不幸な子ども時代を過ごし、人気バンドのヴォーカルとなるも偏執狂のファンによって刺されたショックで創作活動を続けられなくなった祐。一見何の関係もないようにみえるふたりのエピソードが交互に語られていくうち、驚くべき事実が浮かび上がる…。
というミステリーの王道のような設定なのだが、終盤以降こみ上げる笑いを止められない。特に華美がなぜ10年後の彼とめぐり会うことができたのかという謎が明かされたくだりなど…!著者本人はきっと真面目に書かれたのだろう。しかし私はバカミス全般、本書のように結果的に笑える作品になってしまったものもこよなく愛しているのである。
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