WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年7月の課題図書 >『東京島』 桐野夏生 (著)
評価:
無人島に人が漂着する──どんな物語が生まれるか?
概ね考え得るのは、自給自足でたくましく生き延びる男の冒険譚や、少年少女が力を合わせて云々てな話である。(近年だと、お笑いタレントをカメラで追っておりますな)
この東京島なる南海の孤島はというと、大勢の男たちの中に放り込まれた、ひとりの40代後半の女が主人公。で、描かれていくのは、おのれのエゴむき出しの権力闘争、他人を押しのけてでも脱出してみせる的な執念、愛憎、裏切り……ドロドロドロ。うわぁ、嫌だなと思いながらも、これが現実なんだろなと納得していたりする。(エグくてもいいじゃないか、人間だもの)
読みごたえ度120%の良質なフィクション。見どころはサバイバルな状況よりも、それぞれが腹に持つドロドロに違いない。固有名詞を頻繁に登場させてリアルを醸すが、終盤は寓話のよう……いや、神話のようにすら思えた。これ、今年の問題作になるかと。
評価:
太平洋の孤島に漂着した31人の男と1人の女が生きるために欲と感情をむき出しにしていく様を描いている。
今回の課題本の中で感想を書くのが一番難しかった。なぜなら、物語をとりまく要素が多すぎるからだ。ハテ、どれをどのように書いていいのだろうかとかなり悩んだ。人間の生と性、生に対する欲求、脱出できない状況下での人間の心理、大多数の男の中の女性という異分子・日本人と中国人という異文化の衝突、コミュニティの成立、宗教・神話の創造、などなど。どれも重要なファクターであり、しかもそれらが有機的に組み合わされているためどれか1つでも抜き出すと物語自体を崩しかねない。逆を言えばいろいろな読みができる小説なんだけど、そこがとても恐ろしい。
ウワ、こわいなあと思いつつもこの小説のスリリングな展開に目が離せない。どうなっちゃうの!?と最後まで気が抜けず、最後の第5章を読み終えたあと、また第5章を読み返して「うーん」と唸ったり。
やっぱり、すごい小説だとしか思えないのですよ。
評価:
描写が凄い。情景描写も心理描写も両方。それだけで買い。
ジャングルに覆われた島と、欲望や感情が剥き出しになった人間たち。無人島で集団生活したことなんてないのだから、言葉は間違っているかもしれないが、とてつもなく「リアル」を感じた。こうなるだろう、こうなっておかしくない、と思わされる説得力があった。
そもそも設定が秀逸。「無人島に漂着した31人の男と1人の女」というコピーが読書欲をそそる(読後に、本書が実在の「アナタハン島事件」を下敷きにしていると知ってびっくり。似たようなことが実際にあったなんて)。
色々と考えさせられたし、エンタメとしてもとてもおもしろかった。読んで大満足の1冊。
評価:
美人で(←というような評価のされ方をご本人は好まないのではないかと思いつつ)聡明で力強さもある。桐野夏生という人は、女性としてももちろん作家としてももっと穏便な人生を送れると思うのに、絶えず読者を挑発し続ける存在だ。
無人島に漂着した主人公清子と夫の隆。その後も次々と若者がその島に流れ着いた。島でたったひとりの女としていつしか清子はある種の権力を握るようになる。
よく「無人島にひとつ持って行けるとしたら何にする?」というようなのんきな質問があるが、冗談でも無人島行きの可能性など否定したくなるような過酷な状況がここには描かれる。物資の不足や衛生面の問題もだが、それ以上に精神的に耐えられそうにない。しかしながら、清子は堂々と生き抜いている、それどころか、エンジョイという言葉に近い状態で暮らしているようにも思われる(むろん平常時には無人島に漂着したいなどと思ったことはないだろうが)。凡庸な読者は小説の中の追体験だけで十分だと思った。
評価:
太平洋にある無人島に流れ着いた32人。女は清子、ひとりきり。トウキョウ島と呼ばれるようになったこの島で、32人の生への執着と、欲望が…。
孤島で助けを待ちながら、やがて島の暮らしを開拓してゆく様子に、人間の底力を見せられたよう。その生命力がエゴとなり、権力や分裂に発展してゆく様子を、人間くささを匂い立たせ描ききった、桐野夏生の威力を改めて感じます。きれいごとを取り去った人間の残酷さ、欲望、かなしさをここまで描ききる作家は、そうはいないと思います。
ゼロからはじまったトウキョウ島と、そこに流れ着いた人々の運命が気になりつつも、そのうちに、島が国のようになってゆき、権力や神話が生まれてゆく島での生活そのものへの興味が、大きくなってゆきました。
永遠のテーマ(?)である「無人島に行くときに、ひとつ何を持ってゆく?」への答えが、ますます分からなくなります…。
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