WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年7月の課題図書 >『やさしいため息』 青山七恵(著)
評価:
芥川賞受賞作『ひとり日和』を読んだとき、自他の距離感を描くのが凄く上手な作家さんだなと感じた。多分に日頃の人間観察に長けており、社会における自分を深く内観されておられるに違いない。昨年出会った女性作家さんの中では注目のひとりだった。
さて本作、今度は弟できましたか。根無し草生活の弟を自宅に居候させたOLさんの日常を描いたものだが、この日常を一本の小説に仕上げてしまうあたり、青山さんは巧い。
「ほのぼのとした日常って、続きすぎると苦痛だよなあ」とこぼす弟君の台詞は、何かしらの非日常がないと成立できない世の物語たちに素朴な皮肉を投げ与えていると考えるのだ。
それでいてお姉さんの日常は続いているかというと、そういうわけでもなく、弟の友達に想いを寄せたり、人付き合いのバランスを変えたりと──でも、これらもまた日常なのだけど。
できますれば次作は、視点の違うもの(三人称とか、主人公が男とか)を読んでみたい。
評価:
恋人も友人もいない女性の前に現れたのは長いこと行方知れずになっていた弟。その弟と同居していた日々を淡々と描いている。
前作の『ひとり日和』もそうだったけど、主人公がある出来事を通してガラリと変わってしまったり、決定的なカタルシスも大団円も本書に見出すことはできない。描かれるのあえて変化しない日々。状況を変えてくれそうな出来事は発生するがそれによって物語の行方がぶれることはなく、また同じところに行き着く。これをもどかしいと思うかは人それぞれだと思うが、急激な物語のうねりを全面に押し出す小説が多い中、本書は読後にふっと息をつくような柔らかさを持っている。
日ごろ、ミステリみたいな殺伐としたものばかり読んでるとたまにはゆるい小説を読みたくなるというものです。
評価:
会社に三ヵ月半勤めて思ったこと。社会人って、学生のときと比べて「節目」が少ない。だから自分で意識していないと、あっという間に日々が流れる。その流れに身を任せるのは良いのか悪いのか。
本書の主人公まどかは社会人5年目。特別親しい友人も、恋人もいないけれど、これといった不自由を感じない毎日を過ごしている。ある日、行方知れずの弟・風太と4年ぶりに再会して……
まどかの日常は、起伏に乏しい。それはまどか自身が変化を「疲れる」ものとして遠ざけているからだ。普段読まないような種類の本を読むのも、飲み会に行くのも、会社の人と話すのも疲れるから別にやらなくていい。でも、風太が現れたことで、その日常が少しだけ変わる。
作品全体が「やさしいため息」という雰囲気だった。笑顔で、軽い息をつくような感じ。
私は流れに身を任せていたくない。何かやってみようと思う。手始めに、風太がつけているような日記を付けてみようか。
あと、昼飯どうしようか、ってすっごい考えるよね。
評価:
たいへん失礼な言い方になるが、青山七恵という作家がこれほどうまい文章をかくとは思わなかった。いや、もちろん芥川賞受賞作家が優れた文章力を持っているからといって何ら不思議はないのだが。むしろ、うまいなと思う部分があちこちに見られ過ぎることが気になった。
表題作は友人もおらず恋人とも別れて間もないOLのまどかが主人公。そのまどかのもとに4年前に会ったきりの弟風太が現れる。
会社での自分の居場所がない感じが描かれた部分は、小説家なら書けて当然ではあるかもしれないが、こういう空気わかると思わされた。風太がいろんな人にその日一日のその人の行動を聞いて書き留めた生活の記録ノートといった小道具の使い方や、風太の友だちの緑くんとまどかが親密になりかかるくだりの話の運び方も、若干狙い過ぎの印象を受けるもののやはりうまい。ほんとにいいなと思ったのは、中盤までの「上手に書けてます」的なパートを過ぎたところでにじみ出る姉弟の淡そうでありながら確実に存在する繋がりである。弟(しかもあまりべったりではない仲の)がいる姉にはよりピンとくるのではないだろうか。
評価:
恋人と別れたばかりで、友達もいない、社会人5年目の「わたし」の前に、行方不明の弟が突然、現れてから「わたし」の日常に対する意識が、あることをきっかけに変化してゆく…。
「わたし」がつく嘘、日常に対する疑問が、簡潔さと透明感のある文体で描かれています。その日1日を、どうやったら自分は満足できるのか、それは自分の価値観によってなのか、それとも、誰かに聞いてもらって、充実してるね、と思ってもらいたいからなのか。人と繋がるというのは、どういうことなのか、考えさせられます。友達と会って食事や買い物を楽しんだり、会社の人と飲みにいったり、趣味があったりという当たり前とされていることに不器用な「わたし」の揺らぎと葛藤に、不安の芽を見つけられたような気持ちになります。
目の向け方次第で、こんなにも可能性がみつけられるんだ、と「わたし」の歩き方に、救いを見出せます。
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