『シズコさん』

シズコさん
  1. シズコさん
  2. 東京島
  3. 百瀬、こっちを向いて。
  4. 荒野
  5. やさしいため息
  6. 限りなき夏
  7. 絞首人の手伝い
佐々木克雄

評価:星4つ

 佐野さんの代表作『100万回生きたねこ』を読んだのは数年前のこと。主人公ネコに不思議を感じ、せつないラストに心が揺れた。どんな人がこれを作ったのだろうと思った。
「シズコさん」は、認知症が進んでいく作者の母親のことだった。本書は、その人に寄り添いながら、作者が幼い頃からの記憶をたぐり寄せるという構成になっている。母娘の関係を描いた物語なら数多くあるだろうが、この本にあるものは甘酸っぱい回想録ではない。愛されていないと自覚している娘が、母親を反面教師にしながら成長する過程で家族の確執を赤裸々に語っていくのだ。その言葉の辛辣さに、佐野さん風の諧謔もあるとはいえ、息を飲んでしまう。
 だが、そんな母親を戦後の困窮を生きてきた人であると認めて、愛していたことを語るとき、作者自身も自らの老いを自覚するようになっていた……。
 ああ、「100万回生きたねこ」は、ここにいたのだなと。

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下久保玉美

評価:星3つ

 親子だって所詮他人だよ、と言ったところでやはり、断ちがたい「何か」が存在しているもので。その「何か」は親子によって異なっていて、それがこの世の中の面白さでもあり、また悲しみやある種の問題の源でもあるわけだ。
 本書は佐野洋子とその母の間にある「何か」を描いた手記。幼い頃から自分に辛く当たってきた母がボケてしまった時に、その母を高級老人ホームに入れることで母を捨てたと感じる著者の苦しみが母との思い出の合間合間に綴られていく。この「思い出」は「確執」と言い換えてもいい。互いに相容れない2人は衝突をくり返し、著者の心には「憎しみ」が積み重なっていく。それが母を「捨てた」という苦しみに繋がっていく。親子全てに「愛」があるわけではないし、また「憎しみ」だけがあるわけでもない。佐野母子も母がボケた時に初めて「愛」を交換し合えた。
 読んでいくうちに著者と自分とを重ね合わせてしまう。どうも相容れない部分が多い母親が今後年を取った時、どのようなことが私たち母子の間に起こるのだろうか。いろいろなことを考えさせられる。

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増住雄大

評価:星3つ

 教員免許を取るために、老人ホームで一週間ほど介護実習をしたことがある。山奥の、交通の便が悪いところに建てられた施設だった。たまたま実習期間が一緒だった、違う大学のOさん(あれ以来、会っていない)は、休み時間に二人で外に出たとき「ここは姥捨て山だね」と言った。私は黙っていた。何も言えなかった。
 そのことを思い出したのは、佐野洋子さんが、母のシズコさんを施設に入れたことを「捨てた」と表現していたから。自分でそう表現してしまうようなことを決断するのは大変だったろう。けれど、そうするしかなかったのだろう。
 洋子さんの母への想いは、まさに「愛憎」。一度も母を好きになったことはない、としながらも、何度も何度も母を訪ね、会話を試みる。合い間に挟まれる幼き日の自分と母とのエピソード。
 読んでいてどんどん不安になっていった。それは内容云々よりむしろ、同じエピソードが何回も繰り返し語られることについてだった。小説的技巧なのか、それとも……。洋子さんが心配になった。

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松井ゆかり

評価:星5つ

 この作品は新潮社のPR誌「波」に連載されているときから貪るように読んでいた。毎回胸が痛くなるのがわかっているのに、それでも読むのをやめられなかった母と娘の物語である。
 私自身の母との関係は過去・現在ともに良好であり、そういった意味では自分の投影としてこの文章を読んだのではない。しかしながら、家族同士の不和は私の育った家庭にもかつて存在した。私は肉親だからといって無条件に愛情を抱けるものではないこと、またそれを頭でわかってはいても罪悪感を覚えずにはいられないことをずっと前から知っていた。
著者の母シズコさんが子どもたちに対してほんとうに愛情を持っていなかったかどうか、私にはわからない。シズコさんの真意を尋ねることももうかなわない。さらに言うならもし愛情があったとしても、それで虐待の事実をちゃらにしていいわけでもない。
 それでも、最後の最後に著者が到達した心境を、僭越ながら私は祝福したい。家族とはときに疎ましくときに理不尽であるが、否応なく自分を形成しているものでもあるからだ。

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望月香子

評価:星5つ

 「母さん」に対する想いが、いくつもに枝分かれしていて、それがやがてひと筋となり、大木に繋がるような母娘の愛憎日記。「母さん」への想いが、「娘」によって、ひとつひとつの思い出をからだの中から取り出すように並べられています。だから、簡潔な文章だけれど、血の生臭さふが立ちのぼるよう。
 愛したくて、愛されたい女性からの愛が分からず、好きになれなかった「母さん」についてを、70歳になる「娘」が描いた、記憶と日常。感情的とも、淡々とも違うその文章が、事実と想いを浮き彫りに伝えています。
 後半の「母さん」と「娘」のベッドでのシーンには、言葉を失います。「母さん」と「娘」の、女と人間のこの物語を、「シズコさん」している母娘もそうじゃない人もぜひ読んで欲しいです。

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