WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年9月 >島村真理の書評
評価:
住民の生活が保障され、安全が当たり前。「国家とは世界のどこでもたいていそんなものだ」という、日本人が持っている概念を覆される内容。そうじゃないと、頭ではわかっているつもりだった。しかし、私たちがいかに安全でどれだけ安心して住める国家にいるのか痛感させられる。「カラシニコフ」という自動小銃を通して、断片、あるいは想像もしなかった事実を知らされた。
まず、ショックだったのが、アフリカのシエラレオネという国の少女の話。11歳で、武装集団に連れて行かれ、レイプされ、盗賊のまねごとや人殺しもさせられる。そんなことが起こる世界があるなんて。読み始めて数ページで気分が悪くなった。そして、カラシニコフがもたらした悲惨な現実と対比するように、元気で朗らかすぎるともいえるカラシニコフの設計者のインタビュー。淡々と浮き彫りにされるのはショックなことばかりだ。
けれど、一方で不安定な生活を自分たちで整えていこうとする動きもあって、そこは唯一ホッとさせられる。知ったからと言って1人の力ではどうしようもないことだが、知らないというのは不誠実な気がした。
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時は新入生歓迎の4月。舞台はソフトボール部。だけど、主役たちは決して真面目に部活動しないソフトボール部員なのだ。自称「ハチミツドロップス」。なんとなく集まれる憩いの場が、カズがキャプテンになる今年は雰囲気が一変してしまう。
リアルな中学生たちだなと思う。ここには公明正大な青春の感動とか、汗臭さとか無縁。でも、恋とか失恋とかはあるからやっぱり青春なのか?私の頃よりは、恋愛事情が大人っぽい気がしましたが、中学生なんてまだ大人には程遠いし、自分の周りのことでせいいっぱいで、友達関係を円滑にすることだけに心血を注ぐころ。学校と家が世界のすべての彼女たちのぬるーい日常に、共感するところは大です。
彼らは自分たちを「ドロップ集団でおいしいところだけ味わってるやつら」とクールに分析していたり、必死で自分らしい演技を繰り返していたりと、妙に大人だけど、本当は傷つきやすい子供たちなのだ。彼女たちに、現実という試練をあたえるのが、真面目にソフトボールをする後輩たちというのがとても面白い。やっぱり最後は、甘酸っぱくてすがすがしいお話しなのでした。
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蒲鉾工場に勤めるぼく。あらすじのこの一文だけで、昭和の牧歌的な風景が一瞬脳裡にうかびますが、冒頭の「管理不行き届きが原因で品質が劣化してしまった蒲鉾に出子山係長がさらわれてから……」というとこで、あっというまにあったかな空想は吹き飛ばされてしまいます。いったいなんなのでしょうこれは。と、まず不可解な気分に襲われます。
ぼくが勤める「蒲鉾工場」は、私たちが考える普通の場所ではないようです。食べ物を作る場所というよりも、工業機械的な、いや、生物兵器的なものを作る場所で……。だって、蒲鉾が人を食べちゃうのですから。
タイトルについている「レイコちゃん」のいる喫茶店も不思議な雰囲気。ちょっとノスタルジックな場所で、レイコちゃんの素敵なママがいて、大盛りスパゲッティとかがさりげなくだされる。もちろん、ママ目当ての常連さんがいる。蒲鉾工場の面々と合わせて、奇妙でばかばかしい感じがして、全体的に嫌いな場所ではなさそうです。
でも、読者はどこへ連れて行かれるのでしょう。滑稽さに笑い転げていたら知らない場所にいたりして。最後に怖くなって泣きべそかくことがなきゃいいのですが。
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以前に読んだことがあったのですが、再読でもまったく色褪せません。下手なホラーよりずっとゾッとさせられました。
実藤が未完の原稿を完成させるため、水名川泉という作家を探す情熱的な行動力と、実藤が虜にされた「聖域」の魑魅魍魎がうずまく怪しげな文章を読ますところが前半の魅力で、ぐいぐいひっぱっていきます。そこに、「聖域」で見せた過去と現在の東北の独特の宗教観、閉塞感、新興宗教の一端とが絶妙に織り込まれていて、それだけで別の話が生まれそう。枝葉まで言葉では表現しにくいような、嫌な気配を感じさせてくれてさすがだと思いました。
醍醐味は宗教と死生観なのでしょう。概して無宗教ですという人が多いこの国で、でも、私たちは死んだら極楽と地獄があるというのをなんとなく受け入れていると思います。ご先祖様を大切にします。魂はあるような気がしています。でも、死んだらどこへ行くか。もし、死後の真実は無になることなのだ! と突きつけられたら、明日から生きていくのがつらいし怖いでしょうね。
評価:
思いもよらない仕掛けに唸るとともに、戦中から戦後復興へと移り変わる昭和の激動の時代を行き来して作り出す「新しい過去」が新鮮でした。
タイム・マシン物はSFですが、この分野は歴史物とも言えるかもしれない。知っている過去に乗り込んで(連れていかれて)、活動するのだから。そして、すでに(歴史を)知っている者として、知らない者の滑稽さを楽しむところ、昔あった、「ブッシュマン」という映画を思い出しました。あのコーラの瓶のように、不意に現れたタイム・マシンに翻弄される人たちのドタバタ劇は見事に作りこまれています。
時代を超えていく面白さの他に、俊夫が過去へ飛んだときにお世話になるカシラ一家がほほえましくて好きです。博打にうつつを抜かすけど心意気が憎いカシラ、ダメ亭主を支えるしっかり者のおかみさん。そして、賢い兄にわんぱくな弟。俊夫の持っているお金をあてにしているとはいえ、困っている他人を受け入れちゃうおおらかさ、こんなのんきな居候生活があったかくてなごみました。
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文庫版を本屋でみかけていました。でも、ファンタジーはあまり興味ない。読まない理由は、覚えにくい固有名詞が多いこと。その世界に入り込むためのルールを覚えるのが苦手なこと。でも、「指輪物語」や「ハリーポッター」のように、はまってしまえばこっちのものなのも事実。どっぷりと浸りこんでしまう(から怖い)ジャンルでもあります。
サンガル王国での新王即位の式に招かれた新ヨゴ皇国皇太子チャグムは、とてつもない陰謀に巻き込まれてしまいます。〈守り人〉シリーズの第4弾。シリーズ途中からでも問題ありません。過去に苦難を乗り越えてきたらしい、チャグムと星読博士のシュガの信頼関係、チャグムの純粋で心やさしい様子、なにより、サンガル王国を含めたこの世界の原始的で不思議な風景がいっぺんに目に浮かんでくる生き生きとした文章が素敵なのです。何かの策略かとも思いつつ、すでに出ている3巻分を読了する日も近そう。
さて、物語中、皇太子としてのチャグムの自覚と将来の展望が見え隠れしています。この世界で大きなうねりのようなことが起こりそうな予感。彼らがどんな国造りをしていくか楽しみになりました。
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石田黙の絵に魅せられ、気が付いたら不可解な事件に巻き込まれていく。巻き込まれるのは嫌でも、美術雑誌の編集長・水島がハマる気持ち、わからなくもない。表紙と巻頭ではフルカラーで、また文中に挿入される、独特の黒の風景は目に焼き付いて離れないインパクトがある。もしかして(すべてが)ノンフィクションかと思わせる絶妙な構成で、もちろんフィクションですが、さもありなんというリアリティがあった。
というのは、作者自身が水島のように、ある日ネットオークションで石田黙の作品に出会い、必要に迫られて石田黙探しをしたという経緯があるから。なんともドラマチックな話である。詳細は文芸春秋のサイト(本の話:自著の話:「石田黙って、誰ですか?」)や折原一が立ち上げたサイト(「黙の部屋」)で読むことができる。
折原一に発掘された石田黙の、唯一無二の専門書兼ミステリーという不思議な体裁の本。絵画にこんな見せ方があったのだと、ただただ驚かされる。とはいえ、ミステリーとしても秀逸ですから、こんな蘊蓄みたいな話には耳をふさいで存分に楽しんでもらいたい。
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