WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年10月 >佐々木康彦の書評
評価:
去年、禁煙宣言したもののお酒を飲むとついつい吸ってしまう意思の弱い私。最近は、一日三本までなら吸って良し、という根拠の無い甘々のルールで日々を過ごしております。これではもう禁煙ではありません。もう一度、頑張って禁煙するか、それとも節煙するのもやめて普通の喫煙者に戻るのか、葛藤している時にタイミング良く課題図書として届いた本書。今までのどの無煙タバコとも違う画期的な新製品「ハチェット」に秘められた真実と並行して語られるタバコの歴史。喫煙者でありながら、タバコについて何にも知らなかったことに気がつきました。物語自体も面白いのですが、本書を読む中でタバコについて深く考えることが出来たのが、一番の収穫でした。
本作の登場人物デュークの「シガレットには時間を微分する力がある」という言葉に深く感銘を受けまして、おかげで禁煙しない自分を正当化出来るようになりました。う〜ん、良いのでしょうか。
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一人当たり500万円、無認可の保育室に降りかかった身代金目当ての保育室ジャック。警備員のいる普通の保育園や幼稚園でもこういった犯罪の起こる危険性を秘めているのに、無認可で細々とやっている保育室では余計にありえる話だと思うと、二児の父親としてはゾッとするところもありました。園長や保育室の従業員、児童の保護者、そして犯人、それぞれにスポットが当たると見えてくる複雑な事情。これが事件の解決に向けてハラハラドキドキするだけじゃない深みを話に与えています。また、その中に事件の発端に係わることもあったり、事件自体も単純な犯行じゃないところが面白い。
ただ、今だったら脱出出来るじゃないか〜!と思うところもあったり、期待させた展開に対するスカシ(期待通りだったら期待通りでまた文句を言うんですが……)、ものすごく力技な事件の幕引き、など個人的にちょっと納得できないところもありました。
評価:
実験段階の養毛剤「BH85」が引き起こす地球規模でのバイオハザード。だのに、この登場人物のユルさは何なのか。吾妻ひでおのイラストも相俟って、全く緊迫感が感じられません。しかし、BH85から生まれた生物が他の生物と次々に融合し、全ての生物の記憶を持った存在へと変貌していくところから物語は深みを増していきます。何かこれって、エヴァンゲリオンで言うところの「ATフィールドを失った自分の形を失った世界」に似ています。「全生物の完璧な記憶の器」とは一体どういうものなのか。自我とは何か、環境問題、宗教、恋愛、いろんな問題全部この黒緑色の生物がお答えします。56億7千万年後に如来となって人類を救済にやってくる弥勒菩薩も、その時の地球の姿に驚愕することでしょう。全人類、いや全生物を巻き込んだ冒頭からは想像も出来ない壮大なお話。長嶋有さんの帯の文章は決して大袈裟ではありません。
評価:
少年失踪事件がメインなのですが、大きな犯罪から小さな犯罪まで他にも事件が次々と舞い込んで来ます。ですから登場人物も多く、一気に読まないと相関図がわからなくなって、読み直すことも何回かありました。でも普通に考えると警察署で、ひとつの重大事件にかかりきりということはないわけで、そういう意味では実際の警察の臨場感溢れる現場の状況が読んでいて伝わってきました。
自信たっぷりのフロスト警部ですが、推理は空振りばかりで口を開けば冗談ばかり、と言うか下ネタばかり。このおっさん、実はダメな奴ではないのか?と思いきや、後半は前半の借りを返しておつりがくる大活躍。それに、彼は自分が解決した事件の手柄を横取りされても、いつものような飄々とした態度を崩しません。彼にとっては事件が解決することが一番なんです。これってすごくカッコ良いですよねえ。上巻はちょっとストレスが溜まるかもしれませんが、下巻でストレス解消。読み応えがありました。
評価:
1980年代に実際にソ連で起きたアンドレイ・チカチーロ事件をモデルに、スターリン政権下で起こる連続殺人犯を追う人民警察官の戦いを描いた作品。
人には、見たくないものは見ない習性があるのかも知れません。しかし、個人としてはそれで良いのでしょうが、国民の命を守るべき国家がそのような姿勢ではたまりません。理想郷であるわが国家で殺人事件など起こるわけがない。イデオロギーに支配された妄信的な思考。見て見ないふりをしているのに、見て見ないふりをしているということ自体を自分自身で認識出来ていない。それが、この事件を拡大させてしまった要因なのです。国家に逆らうことになっても犯人を追うレオの旅は、国家から本当の自分自身を取り戻す旅でもあり、その過程は読んでいて感動できました。拷問やレイプなど、読者に想像させながらもギリギリ抑えた描写になっているので、読んでいて気持ち悪さは少なくて好かったように思います。
評価:
異国からやってきた鬼と陰陽師との対決を描いた作品。淫鬼という、まぐわった人にとりつくことが出来る鬼が敵なので、内容はちょっとエロティックな部分もあります。陰陽師というと安倍晴明が有名ですが、本作は晴明の師匠とも言われている加茂忠行が主人公。
謎の難破船が志摩の国に流れ着く冒頭の部分は、これからの展開を考えると凄くワクワクする良い場面で、つかみはOKといった感じ。男子的に期待する術を使った対決は中盤以降までおあずけですが、そういうのがなくても十分面白いです。若き加茂忠行が陰陽師として成長していく様子が、ストレスなくサクサクと読める。ただ、逆にストレスなく読めることに物足りなさを感じる人がいるかも。
平安時代は、何が起こっても不思議ではないようなそんな雰囲気に満ちていて、ファンタジーの舞台に適していますね。史実に隙間があるのも想像力をかきたてます。
評価:
肥満体でいることは、高血圧や様々な生活習慣病になる確率が高いとのことですが、だからといって、それだけで痩せろというのもどうかと思います。それって、車に轢かれるから外を歩くな、と言われているような(極端でしょうか)気がして、どうも納得出来ません。ただ、本書に登場する著者の奥さんは肥満が原因と思われる心臓の不調を経験し、ダイエットをすることを決意します。それならば納得。で、痩せるまでの奮闘記かと言うと、そんな単純なものではありません。何せ、この奥さんは「努力して何かを得ても、当たり前(中略)努力せずに得てこそ、しあわせなのよ」と言ってしまう人なのです。思ってても言えないことをサラッと言えてしまうところは凄いと思いますが、果たしてそんな人がダイエット出来るのでしょうか。それは読んでみてのお楽しみ。著者の作品は2月の課題書『はい、泳げません』以来でしたが、今回もかなり笑えます。電車では読めません。
テレビを観ていて思う様々な疑問や思い込み。何であのタレントはあんな勘違いした行動ばかりするのだろう。あの女優の日常はきっとこうだろう。あのグループはこのままだと、大変なことになっちゃう。そんなこんなを圧倒的な妄想力で書き上げた十三篇の小説集。
芸能界に身をおきながら、よくぞここまで芸能人をおちょくることが出来たものだと感心しました。特定の芸能人を連想させるような設定とか名前で書くことで、ごまかすことも出来たのに、あえて実名で書く勇気、それとも何にも考えていないのか。実名だからこその面白さ。一部暴走してしまっている作品もありますが、ほとんどが抑制のきいた作品で、特に最後の著者自身を主人公にした「上161下105の男」には、ホロっとさせられました。
ただ、あくまでも本作は著者の妄想に芸能人を登場させているだけ、イメージを勝手に膨らませているだけですので、お間違いのないように。当然フィクションです。
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