WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年10月 >島村真理の書評
評価:
日本の企業のメイは、アメリカのタバコ会社アズテック社と組んで無煙タバコを開発する。しかし、発表会場で妨害にあい、タバコ畑では葉に異常な現象が起こりだす。
私はたばこを吸わない。でも、昨今の喫煙者に対する仕打ちは少々可哀想な気もする。例え害があっても、好きなもの制限されるというのはもどかしいことだろうから。だから、無煙タバコ、ハチェットをめぐるタバコ業界の話にすぐ興味をもったのだが、これが思わぬところへと話が進むのだ。
アメリカ、日本、南米と行動範囲は拡大し、タバコの葉に起こる「秘蹟」という現象、「絵文書」と、幻を追っかけているような不思議な気分を体験させられる。先祖の記憶を逆にたどるように、いままで知らなかったタバコの歴史を通して、読者の認識を一度解体してもう一度組みなおす仕掛けのようだ。世界のすべてが、科学と魔法の違いのように取り方次第で全く別物になるということを知ることができる。
なかなか飛躍がすごくて、途中置いてきぼりになりそうだったが、メイが東京に帰ってくるシーンを読むと、同じように現実に戻る感覚があって面白かった。
評価:
小さい子供を今育てている人じゃないとわからない事情を垣間見せてくれる作品。「赤ちゃんをさがせ」などの助産婦探偵シリーズを手掛ける作者なので、陰惨な内容じゃないのが救われる。
無認可保育室とは?共働きの両親と片親の本音と事情は?人質に取られている子どもたちの家庭の内情が、いやがうえにも浮き彫りにされている。それぞれの家庭のごたごたはゴシップ感覚で面白いが、作者が投げかけた問題点の大きさも感じてしまう。
夫婦間の育児や仕事観の対立、シングルで子育てする大変さなどありきたりな風景で、なにか起きないと見過ごされるようなことだ。そういう、人質の家族の問題点だけじゃなく、経営者の早紀と姪との確執、はたまた犯人側の内面まで盛り込まれていている。しかし、事件のスリルと謎解きもおろそかにしていない。見事に結末まで持っていけている力はすごいと思う。いっき読みした。
それにしても、身代金の五百万円。子どもの命がなにより大事だが、「出せないほどのお金じゃない」とはなかなか言えない。
評価:
BH85とはなんぞや?笑えて考えさせられるSFファンタジー。
BHとは「バイオヘヤー」の頭文字。こいつが、毛生えの効用以外の効果を持っているから大変なのだ。要するに、養毛剤が巻き起こすバイオハザード。大切な髪が抜ければ恐怖を感じそうですが、生えすぎていったい何が起こるのか。
毛精本舗の毛髪ダイヤル担当の恵が、客からの「良く効く」というお礼の電話に奇妙な感じを覚える。君たち効かない薬を売っていたのかーと突っ込みたくなるが、事態を重くみた関係者たちがかなり暴力的に「回収」を試みるところが笑える。
「緑色の髪」が増殖に増殖を重ね・・・と、パニックもスムーズに進み、ストーリーもとてもシンプル。恐怖や気味が悪いというよりちょっと微笑ましいというか。「なんかこういう未来もありかも」と素直に受け入れてしまう気分になる。吾妻ひでおのイラストのせいだろうか?
ドタバタパニックアニメといってもいいかもしれない。未来はどうとでもなるさっという明るさがいい気分にさせてくれる。
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フロスト警部シリーズ第4弾。少年の失踪事件に死体発見、連続幼児刺傷事件に誘拐事件。ハロウィーンの夜からたたみかけるように発生する難事件。これが仕事の鬼のフロスト警部が指揮をすると、面白いように事態が悪化して・・・。
短編集の「夜明けのフロスト」でも、この人大丈夫なのかと思ったが、今回もずいぶんとひどい醜態をさらしている。そもそも、抱え込む事件の量が半端じゃないうえに、足を引っ張る嫌な上司に同僚と悪条件は尽きず、フロストともども、読んでいるこっちまでノックアウト寸前だ。
警官としては見過ごせない不正も平気でするし、セクハラまがいの下品なジョークは言うし、清廉潔白さとは程遠い困ったおじさん。いつものように、ひらめきで捜査をするが、優しいところをみせたり、自己利益の追求なんてちっとも考えてない純粋さをみせたりと不覚にもちょっとカッコイイと思ってしまった。
フロスト警部、前よりも成長したのだろうか。いい感じに角が取れてきたみたいだ。初め眉をひそめていても、気が付いたら彼に一喜一憂して応援してしまうだろう。
評価:
飢えで死を目前としたロシアの片田舎の風景、スターリン体制下の恐怖と疑心暗鬼に支配された生活。理想と現実が乖離していった国、建前で真実をねじ伏せていた国、外からは真実がうかがい知れなかった国ソビエト連邦。連続して起こる子供を狙った殺人事件も、理想国家には犯罪が存在しないという理由でかえって犯罪者を野放しにしてしまう。
国家保安省の捜査官レオの最初の登場は実に嫌な奴だが、犯人を追跡する後半での変貌ぶりは惚れ惚れする。国家に都合が悪ければ排除されるところでは、行動一つで命取りにもなるのだから。展開が全く読めない鬱屈としたなかの悪戦苦闘。読み出したらやめられない。
特に、緻密に描かれる登場人物ややりとりから、当時の様子が容易に想像できる。密告されたら最後、嘘も真実も関係なく待っているのは最悪の結末だ。実在した殺人鬼の犯行をモチーフに描かれた作品だが、ソビエトという国を理解するのにも有効だと思う。読んでいるだけで緊張を強いられる空気がなんとも恐ろしかった。
評価:
志摩の国・賢島に巨船が到着してから起こる連続殺人。いずれも下手人は若い娘だった。しかし、事件の調査に向かった忠道は行方不明となる。兄の汚名をはらすため、加茂忠行たちは鬼との対決を決める。
男女のまぐあいで肉体から肉体へととりつく淫鬼。鬼の性質上(?)濡れ場がメインのお色気がたっぷり。残虐な殺人描写はあるけれど、甦った道真の怨鬼ともども、どうしても小物なイメージがしてちょっと物足りなかった。半面、加茂一族を利用して出世をもくろむ三善清行の方がずっと悪役みたいだ。人間の方が鬼より鬼らしいのかもしれない。
加茂家といったら、陰陽師の安倍晴明の師、加茂忠行・保憲親子が有名だが、これは忠行の若いころの話で、今後のシリーズ化を予感させるようなストーリー仕立てになっているようだ。
陰陽師と鬼との対決が見物で、わかりやすいエンターテイメント仕立てになっている。軽く読める一冊だ。
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やせたい。たいがいの女性はこう思う。ダイエットをちょっとでもやったことのある女性は、それこそ数限りなくいることだろう。なぜならその先に間違いなく夢と希望があるからだ。ダイエットを決意した妻をフォローするためというよりは、かなり熱心に夫が情報集めに奮闘する。最初から最後まで爆笑は必至。
おもしろいなーと思ったのは、ダイエットについて詳しい出版社の女性との話だ。例えば、(痩せもしないのに)次々に現れるダイエット法になぜ飛びつくか。「新しい方法なら成功するかもしれない・・・」それは、ダイエット=恋みたいなものだから。まさに目からうろこ。目的達成の方法だからという理由とは違う、思わぬ視点の変化を楽しめて納得してしまった。
この本は、ダイエットを扱った本だからといって成功体験記でもないし、たぶん失敗話でもない。やせたいと思う女性の観察記というべきか。著者が、「妻」の的を射たすばらしい発言をひけらかしているようでもあるので、ホントのところは妻自慢の本であるかもしれない。
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