『ラブファイト 聖母少女』

  • ラブファイト 聖母少女
  • まきの えり (著)
  • 講談社文庫
  • 税込 各660円
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評価:星2つ

 映画『ラブファイト』のスチール写真の表紙で、映画のノベライズかと思って読み始めるとカウンターパンチをくらいます。
男勝りで喧嘩がめちゃくちゃ強い亜紀と、亜紀に守られ続ける自分を変えようと思った稔。この二人が大木ジムに入り、元プロボクサーの大木の下、それぞれのコンプレックスを払拭するために練習を重ねる。そこに、大木が忘れられない元恋人の順子と、順子の雇い主で売れっ子作家の純一が関わってくる。もう誰も彼もが会長会長と惚れ込んでしまっている。
スポーツによって弱い自分から抜け出すというのはスポーツ小説の定番だけれど、様々な登場人物の背景を丁寧に描いているので、大木を中心とした群像劇でもある。脇役にもしっかり焦点を当てていて、みんな不器用で本当の気持ちをなかなか口に出せないでいるというじれったさが、面白いところでもあるし、読んでいて冗長だなと感じるところでもあった。
風景の描写がほとんどなく、読んでいても白い靄がかかった中で登場人物たちが動いているようで場面が想像しづらかった。会話文と、登場人物たちの回想も多いので、ボクシングの試合のシーンなども緊張感に欠いている気がするのが残念だ。

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『子午線を求めて』

  • 子午線を求めて
  • 堀江敏幸 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込650円
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評価:星2つ

 堀江敏幸さん、お名前はよく聞くけれど読んだことがなく、堀江貴文と名前が似ていることからなんとなくいいイメージを持っていなかった。(私、角田光代さんも浅香光代と名前が似ていることからしばらく読んだことがなかった。今では大好きです)
第1部「子午線を求めて」は、現在のグリニッジ子午線が標準化される前に、フランスで用いられていたパリ子午線を辿るエッセイ。パリ子午線を整備したアラゴーの功績を称え、架空の子午線上に銅盤を埋め込んだヤン・ディベッツ。その銅盤を探して歩き、『パリ子午線』をしたためた詩人・ジャック・レダ。そして『パリ子午線』を元に、銅盤を探し、パリの町を歩き回る堀江敏幸。多くの人々が住み歴史が生まれた土地と、そこで出逢った人々との触れ合い、映画、本へと縦横無尽に広がる思考の連なりを丁寧に描いている。
ただ第2部以降、フランス文学をほとんど読んだことがなく、ヨーロッパの中でもフランス映画をあまり見ていないので、読んでいても内容が抜けていってしまうところが多々あった。うーん、大学の仏文の授業のよう。どんな真面目な文学者なんだろうと、「文藝」2006年秋号のいしいしんじさんとの対談を読み返してみると、笑顔の素敵なやわらかい雰囲気を持った人ではないか。
自分の不勉強と、思い込みの浅はかさを実感した一冊。

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『誰よりもつよく抱きしめて』

  • 誰よりもつよく抱きしめて
  • 新堂冬樹 (著)
  • 光文社文庫
  • 税込600円
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評価:星2つ

 結婚を前提に同棲してみたら些細なものの位置や生活スタイルが原因で別れることになったというのは、よく聞く話だけれど、この小説の夫婦の間に横たわる問題は些細の一言では片付けられない。不潔潔癖症と不完全潔癖症という病にかかっている夫と、主人公の妻は7年間のセックスレス生活だ。正しい位置にきっちり物がないと気がすまないこととあわせて、手に触れるものはラップで包んだものを使い、人の体に触るなんてもってのほかという夫。体に触れられない不安、相手のことを理解できないのではないかという不安、体と心の二重の苦しみを夫婦はどう乗り越えていこうとするのか。奔放な女友達や、魅力的な年下の青年、夫と同病の女性などによって揺れ動く心を追っている。恋人から夫婦へと形を変えても、そこにあるものは安心とか安定とはほど遠いんだなあと感じた。結婚後に読むとまた違った印象になるのかもしれない。
絵本専門店経営者である妻と絵本作家の夫を結びつけたのが、『空をしらないモジャ』という絵本。この絵本が夫婦二人の心情を表し、作中効果的に使われているけれど、そのテイストが作品から浮いていて、いかにもこの小説のために作りました!という感じがしたのが気になった。

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『一九七二年のレイニー・ラウ』

  • 一九七二年のレイニー・ラウ
  • 打海文三 (著)
  • 小学館文庫
  • 税込580円
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評価:星3つ

 恋愛が動き出す一歩前の、相手の気持ちが気になりもっと一緒にいて話していたいけれど言い出せないという雰囲気が静かに伝わってくる、恋愛短編集。
『ビフォア・サンライズ』というイーサン・ホーク、ジュリー・デルピー主演の映画が好きだ。電車の中で出会った男女が意気投合し、ウィーンで途中下車。町を歩きながら、翌日の電車の時間まで、お互いの話をする…。そんな旅先で出会った男女の雰囲気を小説にしたらこんな感じだろうなあ、というのが収録作「路環島にて」。町を歩き風景を見ながら交わされる会話。感情の描写を排して、テンポよく交わされる連想ゲームのような会話は、親密になっていく関係と、旅先であるという高揚と焦燥感をよく表している。
もうひとつ、「満月の惨めで、かわいそうな」は、好きだった人が死んだかもしれないというのに無関心なように見える高校生の母親が主人公。この母親が、娘の元想い人のことを調べつつ、自分のテコンドーの先生だった女性との関係を深めていくという一風変わった短編。「さあ、ごろごろしようよ」といって個人的に会うのは三回目という先生を前に、自宅で寝そべる主人公が淫靡でどきどきしてしまった。
「恋愛小説を書いてみたいと思うなら、あなたが〈出逢えなかった人〉について書けばいい。」と述べているあとがきが印象的だ。旅先で、普段演じなければならない自分の役割から逃れて、演じたい役を演ずる自分。母親という役割から逃れた自分。そういったところで生まれる恋愛を描いた極上の恋愛小説を、日常の中で読む幸せ。

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『声をなくして』

  • 声をなくして
  • 永沢光雄 (著)
  • 文春文庫
  • 税込630円
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評価:星4つ

 この本は下咽頭ガンにより声帯を失った、インタビュアー・作家である永沢光雄さんの日記。永沢さん、もうめちゃめちゃな人である。
2004年の5月2日から始まった日記は、5月3日から突然3月に。3月が続いた後でまた5月へ。ところが5月6日から6月3日へと時間は跳ぶ。
私にも身に覚えがある三日坊主なのかと思いきや、鬱病とアルコール依存とガンの後遺症による日記の断絶だということが読んでいるうちにわかってくる。
大量の薬を、アルコールで流し込む。お酒の量が半端ではないし、朝だろうが昼だろうが時間も関係ない。死ぬ気なのか、と思えるのに、死というものと向き合いもがいている。その葛藤が、日付が飛び飛びであることと合わせて日記に表れていて、とても胸に迫ってくるのだ。
闘病生活と合わせて興味深く読んだのが、ノンフィクション作家としての意識を書いた部分である。「ちなみに私は雑誌に文章を書くようになった時に、これだけは決して書くまいと自分に誓ったことがふたつある。ひとつは『この雑誌が出る頃にはもう結果は出ているだろうが』という出だしの文。(中略)もうひとつは、先述した、『年末進行』である。」という常識や慣例に疑問を持ち続けるところや、同じノンフィクション作家の沢木耕太郎さんに何度も言及しているところなど、書くことに対しても真面目に向き合っている姿勢が伝わってくる。「少し長いあとがき」もとても心に染み、彼の著作『AV女優』を読んでみたくなった。

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『凍』

  • 凍
  • 沢木耕太郎 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
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評価:星4つ

 今年の秋、上高地に紅葉を見に行った時に、多くの登山者と電車で一緒になった。体の半分くらいはありそうな大荷物に、ぼうぼうのひげや髪の毛。
そういった姿が物珍しく、じろじろと眺めてしまったのだが、そんな私でも興奮してページを繰ってしまった一冊。
本書の山野井泰史・妙子夫妻は数々の高峰・難壁に挑戦し、ヒマラヤのギャチュンカンに魅せられてしまった二人だ。
前半は、飛行機の手荷物超過料金の支払いを避けるために他の旅行者に頼んで荷物を持ってもらうといったことから、高山病を防ぐための高度順化、アルパイン・スタイルの方法や魅力などを、二人の経歴やギャチュンカンに挑戦するまでの経緯の中に織り交ぜて、登山のことをまったく知らなくても理解できるように書かれている。後半はギャチュンカンへの挑戦を迫力と緊張感を持って描いている。特に下山を描いた第七章は、一瞬の判断ミスによって、あるいは一センチの誤差によって死が待っていたかもしれないような過酷な状態が続き、それを乗り越えた二人の運と経験と能力の高さにただただ感服。
作品は「山野井」という三人称で書かれ、山野井さんの心情なども丁寧に書かれている部分は小説のようである。多くのインタビューを重ね、山野井夫妻との関係を築きあげてきたのだと思うのだが、そういったことを仄めかすことはない。最後の5ページだけ登場する、カトマンズに同行する日本人男性が沢木耕太郎本人だということは、解説を読むまで明かされず、実質本編には作者は一切登場しない。その沢木さんとクライマー山野井泰史さんの距離感も絶妙である。

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『社交ダンスが終わった夜に』

  • 社交ダンスが終わった夜に
  • レイ・ブラッドベリ (著)
  • 新潮文庫
  • 税込820円
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評価:星3つ

 今年88歳の「SFの抒情詩人」レイ・ブラッドベリはいまだに作家活動を続けているという。様々なテイストが入り混じった、25編を収録した短編集。
飲んだくれ映写技師がフィルムのリールをむちゃくちゃにつなげたことで巻き起こるドタバタを描いた「ドラゴン真夜中に踊る」。注目を集めたい父が自分の畑に爆弾が落ちたと触れ回る「小麦畑の敵」など傑作。
中でも私の一番好きな作品は、「炉辺のコオロギ」だ。家の中に盗聴器が仕掛けられていると気づいた夫婦。仕事人間で家庭を疎かにしていた夫は、コオロギ(マイクロホンを仕掛けることをバグというらしい)を意識して、妻と映画を見に行き、楽しくおしゃべりをし、花束を贈る。妻は料理を作り、食後は夫とダンス。さて、コオロギがいなくなった後の夫婦生活は…?
ところで、夏も終わりを迎えたある日、私の勤めているお店のどこかにコオロギが紛れ込んだ。鳴き声をたどってゴミ箱の裏、棚の下を探してみてもみつからない。一週間ほど続いたあと、鳴き声はやんだ。以前と同じはずなのに以前とは何かが違っている。作中で、夫の子ども時代のエピソードとして似たような話が語られていた。
日常の中に起こるちょっとした変化が(それはつなぎ間違いのフィルムであったり爆弾であったりまぎれこんだコオロギであったりする)人と人との関係を、失ったものと変わらずに存在するものを浮き彫りにする。数ページの短編の中に詰められた、人間の可笑しさと愚かさ。まだまだ何年も彼の作品を読み続けたい!

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余湖明日香

余湖明日香(よご あすか)

1983年、北海道生まれ、松本市在住。
2007年10月、書店員から、コーヒーを飲みながら本が読める本屋のバリスタに。
2008年5月、横浜から松本へ。
北村薫、角田光代、山本文緒、中島京子、中島たい子など日常生活と気持ちの変化の描写がすてきな作家が好き。
ジョージ朝倉、くらもちふさこ、おかざき真理など少女漫画も愛しています。
最近小説の中にコーヒーやコーヒー屋が出てくるとついつい気になってしまいます。

好きな本屋は大阪のSTANDARD BOOKSTORE。ヴィレッジヴァンガードルミネ横浜店。
松本市に転勤のため引っ越してきましたが、すてきな本屋とカフェがないのが悩み。
自転車に乗って色々探索中ですが、よい本屋情報求む!

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