『声をなくして』

声をなくして
  1. ラブファイト 聖母少女
  2. 子午線を求めて
  3. 誰よりもつよく抱きしめて
  4. 一九七二年のレイニー・ラウ
  5. 声をなくして
  6. 凍
  7. 社交ダンスが終わった夜に
岩崎智子

評価:星4つ

 意図したわけではないだろうが、課題本『凍』の著者・沢木耕太郎氏について、述べられた件がある。「自分のことは役者としての沢木耕太郎として作品に登場させ、決して自分のことは一字たりとも書かないナルシストの沢木耕太郎(p84)」とは、『凍』における沢木氏のスタンスをうまく言い当てている。本書では、「取材相手を通して自分を書くということは、すなわち、その時こそ初めて取材相手を表現することなのに。(p84)」と、彼に憧れつつも、自分のスタンスは違うと思い悩む著者の姿も描かれる。主観的に描くか、客観的に徹するか。どちらの立場を取るかは、人それぞれだが、個人的には、自分をそれほど出さなくても「何に注目しているか」などから、ちゃんと個性は浮かび上がってくると思う。さて、本書は著者自身の下咽頭ガン闘病記である。だから闘病者の主観が前面に出ていて当たり前だが、客観的な部分もちゃんとある。自分の思うようにならない体に苛立ち、酒を煽る夫を、「しょうがないなぁ」と思いつつも優しく見守り、支え続けた妻の姿が浮かび上がってくる。「病気との向き合い方を学ぶための闘病記」という硬いイメージでなく、「こんな生き方でもいいんだ」と思わせてくれるある人生の記録として読んだ。

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佐々木康彦

評価:星5つ

 咽頭癌で声帯を切除し声を失った著者が綴った、一年間の日記。闘病記というよりは、薬を酒で流し込むような無茶苦茶な著者の生活の面白さと、人と人との繋がりの大切さみたいなものが心に染み入ってくる読み物でした。
 一番印象に残ったのが、巻末の著者の奥さんが書いたあとがき。著者への愛が溢れていて、思わず涙してしまうような内容なのですが、何故か本文の日記を読んでみると奥さんは結構冷めた感じに描かれています。著者の外出や通院につきあったり、自殺しそうな著者を身を挺して止めたり、客観的に読むと愛情がなければ出来ないことばかりなのですが、どこか冷めた感じにうつる。照れ隠しにあえてそういう風に書いているのかもしれませんが、著者の目に映っていた奥さんが日記の通りなら、人の気持ちってわからないものだなと思いました。そして、愛する人には自分の気持ちをいつも正直に伝えておきたいな、なんてことを思いました。

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島村真理

評価:星3つ

 インタヴュー集「AV女優」を読まずに手放した後に、その著者の闘病記を読む機会をえた。咽頭ガンで声をなくすというのはどういうことか。痛みに悩まされ、アルコールにおぼれ、鬱病を発症し、自分が決めた夢に手をつけることもできない毎日。袋小路の息苦しさが行間からあふれていて読むのはつらい。無為に見える生き方に、せっかく助かった命なのに……と、反発を覚える方もいるだろう。でも、「どんな形でも、なんとしてでも生きていく。死ぬときまで」という濃厚なメッセージがここにあった。
 3才か4才で「死ぬこと」を意識したことからはじまり、仕事で知り合った人の自殺やまだ若い知人の病死、自分の病気と「死」をみてきた著者。人はあっけなく死ぬ。だから(わざわざ)死に急ぐなと。あなたの死は周りの人に大きな影響を与えると訴えてくる。
 時には、今の自分がこうあるのは「両親の育て方の責任」とうそぶく。行き詰っても、こんな逃げ方があるのだなと勇気づけられるところだ。明るい前向きさだけをうたう偽善的な方法をとらず、ありのままにさらけだした日記があることで救われることもある。心が弱くなった時に読んで欲しい本だ。

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福井雅子

評価:星3つ

 これは確かに闘病記なのだが、そこに映し出されているものは、あるひとつの「愛」である。咽頭がんの手術で声を失ったインタビュアーの著者を介助し、病院に付き添い、大きな心で見守る妻の姿には、「究極の愛」という言葉しか見つからない。彼女はいつも明るくてさりげない。だが、夫はがん再発の恐怖と戦い、日常生活には介助が必要で、肝臓を病み、精神科の治療を受け、そのうえ収入はほとんどないのだ。その夫の傍らで、いつもさりげない明るさとあたたかい心を保ち続けることがどれほど難しいことかに思い至ったとき、彼女の強さと大きな愛に深い感動をおぼえた。
 闘病記としてはややまとまりに欠け、決して読みやすいとは言えないのだが、そのことが痛みと苦悩にもがき苦しむ著者の息遣いをリアルに伝えていることは確かだ。インタビューという形で本質を浮き上がらせる名人だった著者のこと、闘病日記という形で妻の愛を描き、彼女にありがとうと言いたかったのかもしれない。

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余湖明日香

評価:星4つ

 この本は下咽頭ガンにより声帯を失った、インタビュアー・作家である永沢光雄さんの日記。永沢さん、もうめちゃめちゃな人である。
2004年の5月2日から始まった日記は、5月3日から突然3月に。3月が続いた後でまた5月へ。ところが5月6日から6月3日へと時間は跳ぶ。
私にも身に覚えがある三日坊主なのかと思いきや、鬱病とアルコール依存とガンの後遺症による日記の断絶だということが読んでいるうちにわかってくる。
大量の薬を、アルコールで流し込む。お酒の量が半端ではないし、朝だろうが昼だろうが時間も関係ない。死ぬ気なのか、と思えるのに、死というものと向き合いもがいている。その葛藤が、日付が飛び飛びであることと合わせて日記に表れていて、とても胸に迫ってくるのだ。
闘病生活と合わせて興味深く読んだのが、ノンフィクション作家としての意識を書いた部分である。「ちなみに私は雑誌に文章を書くようになった時に、これだけは決して書くまいと自分に誓ったことがふたつある。ひとつは『この雑誌が出る頃にはもう結果は出ているだろうが』という出だしの文。(中略)もうひとつは、先述した、『年末進行』である。」という常識や慣例に疑問を持ち続けるところや、同じノンフィクション作家の沢木耕太郎さんに何度も言及しているところなど、書くことに対しても真面目に向き合っている姿勢が伝わってくる。「少し長いあとがき」もとても心に染み、彼の著作『AV女優』を読んでみたくなった。

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