『社交ダンスが終わった夜に』

社交ダンスが終わった夜に
  1. ラブファイト 聖母少女
  2. 子午線を求めて
  3. 誰よりもつよく抱きしめて
  4. 一九七二年のレイニー・ラウ
  5. 声をなくして
  6. 凍
  7. 社交ダンスが終わった夜に
岩崎智子

評価:星5つ

 ジャック・ブラック主演の『僕らのミライへ逆回転』という映画がある。レンタルビデオ店の店員と幼なじみが、二人でハリウッド映画をビデオで勝手につくりかえてしまう。ところが文句を言われるどころか大好評!というコメディだ。それとよく似た内容の短編が、「ドラゴン真夜中に踊る」。起死回生を狙った映画が、酔っぱらった映写技師によって順番がバラバラのまま上映される。ところがその内容が、「ジャンプカットは大胆、(中略)多重遡行ストーリーラインはいままでに見たことがない!(p116)」と大絶賛。マスメディア風刺と取れないこともないこの物語は、愛すべき懲りない人々の奮闘を暖かく描いた好篇だ。「はじまりの日」「心移し」「墓碑銘」「頭をよせて」「秋日の午後」「残りかす」「ディアーヌ・ド・フォレ」など、過去との訣別がテーマになっている作品が多い。けじめをつけられない人間の弱さと、その弱さを包み込む人間の暖かさが、ほのぼのとした読後感を残す。

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佐々木康彦

評価:星3つ

 五十年前に交わした再会の約束の結末を描いた「はじまりの日」、天才作家だった老人がタイムマシンで過去に戻る「埋め合わせ」など、失ってしまった時間を描いた作品を読むと高齢である著者の心情が透けて見えるようだなと思ったのですが、実はこの短篇集、昔の作品も収録されていて、同じようなタイプの「時の撚り糸」なんかは1947年の作品で、特に著者の年齢とは関係ないようで、素人の浅はかな深読みでした。ただ、現代社会に不可欠なものを別のイメージにおきかえて描いた「けだもの」なんかは今の時代でないと読めないもので、このものに対する著者の考えの一端が読めたようで、うれしいような気もします。「火星年代記」なんかは既に古典の名作的な位置にある作品ですので、そんな作家が21世紀に書いたものを読めるだけでも幸せです。

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島村真理

評価:星3つ

 25編の短編集。レイ・ブラッドベリはSF作家というイメージをもっていたのですが、上質な短編を書く作家でもあるのですね。日常の小さな断片が、些細なのにキラっとしていて、もの悲しくて。余韻をこんなにもバリエーション豊かに楽しめるなんてお得だと思います。
 印象的だったのは、50年前にした約束で昔の仲間が小学校に集まる「はじまりの日」、急場しのぎの映画をめちゃくちゃに上映して評価される「ドラゴン真夜中に踊る」、ゴルフ場でロストボールを拾う老人との話の「19番」、読唇術ができる男がレストランで出会った家族の話を盗み聞く「わが息子マックス」。どれも魅力的なので、映画に仕立てなおしたものを見てみたい気がします。彼の作品の多くが映像化されているのは、美しい瞬間がインスピレーションをかきたてるからじゃないでしょうか。
 80歳を超えても精力的にすばらしい作品を発表する。読者としては本当にありがたいことです。レイ・ブラッドベリはどこかのインタビューで、「心にとまったことをすべて書き上げ、最後まで書き通してしまうことが大切だ」と答えていました。私たち読者も見習って作品に身をゆだねてしまうことが大切だと思います。

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福井雅子

評価:星4つ

 これはちょっと評価が難しい。全25編の短編に共通しているのは、暗喩が多く使われ、ベースにSF的な感覚が潜んでいること。それでいて、読後にやわらかな余韻が残ること。生と死、現実と妄想、現在と過去のあいだのぼんやりした領域を、独自の感覚で切り取っているのだが、SF風やファンタジー風に描いたものもあればもっと叙情的なものもあり、作品ごとに印象はずいぶん異なる。正直に言えば、何の暗喩かよくわからなくて読後に「ん?」と首をかしげるものもないわけではなかった。それでも何かが心に残るのは、卓越した表現力のなせる業だろうか。直接的ではない表現がふんわりと包み込むような余韻を生み、リズムのある美しい文章が心地よく心に響いてくる。
 個人的には、『心移し』という不倫関係にある男女の別れを描いた一編の、一見コミカルにも見えるけれど読後にじわっと悲哀が染み入る感じが好きである。

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余湖明日香

評価:星3つ

 今年88歳の「SFの抒情詩人」レイ・ブラッドベリはいまだに作家活動を続けているという。様々なテイストが入り混じった、25編を収録した短編集。
飲んだくれ映写技師がフィルムのリールをむちゃくちゃにつなげたことで巻き起こるドタバタを描いた「ドラゴン真夜中に踊る」。注目を集めたい父が自分の畑に爆弾が落ちたと触れ回る「小麦畑の敵」など傑作。
中でも私の一番好きな作品は、「炉辺のコオロギ」だ。家の中に盗聴器が仕掛けられていると気づいた夫婦。仕事人間で家庭を疎かにしていた夫は、コオロギ(マイクロホンを仕掛けることをバグというらしい)を意識して、妻と映画を見に行き、楽しくおしゃべりをし、花束を贈る。妻は料理を作り、食後は夫とダンス。さて、コオロギがいなくなった後の夫婦生活は…?
ところで、夏も終わりを迎えたある日、私の勤めているお店のどこかにコオロギが紛れ込んだ。鳴き声をたどってゴミ箱の裏、棚の下を探してみてもみつからない。一週間ほど続いたあと、鳴き声はやんだ。以前と同じはずなのに以前とは何かが違っている。作中で、夫の子ども時代のエピソードとして似たような話が語られていた。
日常の中に起こるちょっとした変化が(それはつなぎ間違いのフィルムであったり爆弾であったりまぎれこんだコオロギであったりする)人と人との関係を、失ったものと変わらずに存在するものを浮き彫りにする。数ページの短編の中に詰められた、人間の可笑しさと愚かさ。まだまだ何年も彼の作品を読み続けたい!

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