『螺鈿迷宮(上・下)』

  • 螺鈿迷宮
  • 海堂 尊 (著)
  • 角川文庫
  • 税込 各500円
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評価:星4つ

 『チーム・バチスタの栄光』に続く医療ミステリー!という触れ込みなのだが、こちらはかなりコメディ、劇画、空想小説の方面に針が振れている。終末医療のあり方を題材にして医療問題をクローズアップしたあたりはいつもの海堂尊らしいやりかたなのだが、今回は地に足の着いた真剣な医療ドラマというよりはドタバタ喜劇に近い。それでも、奇抜な設定と空想的なストーリー展開ながらしっかりと作品世界を構築して読者を引きずりこむ力はさすがである。文章は決して読みやすくはないのだが、発想とストーリーを展開させる力に引っ張られ、はたまたキャラクターの魅力に引きずられ、ページをめくる手は止まらない。
  コメディドラマを観る感覚で軽い気持ちで読める上に、おなじみのキャラクター・白鳥の少々悪ノリ気味の活躍も存分に楽しめ、白鳥ファンの期待は裏切らない。今回はついに白鳥の部下の「氷姫」が登場し、次回作への期待も膨らむ。

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『生き屏風』

  • 生き屏風
  • 田辺青蛙 (著)
  • 角川ホラー文庫
  • 税込500円
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評価:星4つ

 主人公は妖鬼。女の霊が憑いた屏風の話し相手になってほしいという奇妙な依頼を受けて……というカバーの文を読み、妖怪が跋扈するおどろおどろしい内容を覚悟した。ところが、収録の三作品はホラー小説には違いないものの、心に染みる静かでしみじみとした作品で、どろどろした妖しい雰囲気はない。
  中でも『猫雪』は風雅でファンタジックな空気すら感じられ、趣深い。猫の姿の妖怪に「猫にしてやる」と言われて「猫より雪になって天をさすらい地を見下ろし、やがてそっと地と一体に溶け行く気分を味わいたい」と答える男。様々な思いを抱えたまま雪になって女たちの肌に舞い降り、溶けて消える。胸の内にあった言葉の代わりに、唇にあたった結晶に思いを込めて水の小さな玉となって消える。このしんとした風景の美しさは衝撃的で、ホラー小説を読んでいることを忘れた。ホラーが苦手な人にもおすすめの作品である。

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『細菌と人類』

  • 細菌と人類
  • ウィリー・ハンセン、ジャン・フレネ (著)
  • 中公文庫
  • 税込900円
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評価:星5つ

 病を引き起こす細菌と人類との戦いの歴史を、病気ごとに16編にわけてつづったノンフィクション。蔓延する病の原因が目に見えない小さな細菌であるという事実にたどり着き、予防法や治療薬を見つけ出すまでの人類の戦いは、紆余曲折と数々のドラマに満ち、医学の進歩が長い年月と大きな犠牲の上にあることを改めて思い出させてくれる。そして、いま我々が正しいと信じている治療も「偏見や誤解による誤った治療法」かもしれず、私たちもまた人類対細菌の戦いを引き継いで戦い続けているのだと強く実感する。エイズや癌も「昔は怖い病気だったのよ」と語られるようになる日が早く来ないかな、とか、ひとつ病気を制圧するとまたひとつエイズのような新しい病気が出現するのはなぜだろう、などととりとめもなく考えながら読んだ。
  事実の記録として読んでもドラマに満ちた内容は十分に面白いが、いろいろなことを考える起点になるという点でも有意義な読書が楽しめる本だ。

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『蓬莱洞の研究』

  • 蓬莱洞の研究
  • 田中啓文 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込730円
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評価:星2つ

 伝奇、ミステリー、ユーモア、学園小説が合体した「私立伝奇学園高等学校民俗学研究会」シリーズの初の文庫化!……ということで、民俗学研究会に入部した古武道の達人・諸星比夏留のドタバタ冒険劇が繰り広げられる。
『トリック』を髣髴とさせるギャグ満載のコメディで、楽しく読めるユーモラスなストーリーなのだが、日本の古代史や神話や民俗学的な題材の絡め方がやや中途半端な印象を受けた。ノベルズとしてあくまで小説の形をとったことと、古代神話などの取り込みに中途半端に真剣味があるせいで作品全体がコメディになりきれていないように感じた。お腹の底から笑い飛ばせないのだ。いっそコミックかコメディドラマで徹底的にギャグにしてしまったほうが楽しめたような気がする。狙いは悪くないだけに、やや残念である。

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『時間封鎖(上・下)』

  • 時間封鎖
  • ロバート・チャールズ・ウィルスン (著)
  • 創元SF文庫
  • 税込 各987円
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評価:星5つ

 これはたぶん傑作である。作品のスケールや構成力、物語の厚みなど色々な面で圧倒的な迫力を感じる。大掛かりな構想の下にこれだけの長い物語を、破綻なく書き通せるということだけでも相当な力量を要すると思うが、地球最後の日が迫り来るという緊張感を最後まで持続させていることがさらに驚きである。SFはあまり好んで読むほうではないが、そんな私にも、秀作であることははっきりとわかった。
  宇宙の謎が完全に解明されていない以上、こんな事態が明日にでも現実のものとなるかも……などとすぐに考えてしまう気の弱い私にとっては、読んでいて楽しい気分になれる本ではないし読後感も重いため、好きかと聞かれると正直あまり好きにはなれないのだが、個人的趣向抜きで作品を評価するならこれは高く評価したい。これぞまさに正統派SFであり、SFファンには絶対おすすめの作品だと思う。

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『猫泥棒と木曜日のキッチン』

  • 猫泥棒と木曜日のキッチン
  • 橋本紡 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込420円
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評価:星3つ

 母親が家出しても弟と二人で淡々と生きていく十七歳の高校生・みずきが、猫をきっかけに自分の「いたみ」に気づき、その「いたみ」と正面から向き合って乗り越えていく物語。
  大人びて冷めた少女に見えるみずきが、無意識に押し殺していた「いたみ」に気づいてそれを開放し、やがて「いたみ」を乗り越えたみずきは強くしっかりした足取りで未来に向って歩き出す。そんなみずきの成長の過程が、ほんわかしたトーンでやわらかく描かれるが、そこから伝わるメッセージは力強い。生きることを肯定し、励ましと希望を与えてくれる物語だ。みずきを支える友人の健一くんがまたとてもいい人で、みずきのキャラクターとともにさわやかな読後感をもたらす。みずきと同じくらいの若い世代の読者に贈りたい本である。

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『ティファニーで朝食を』

  • ティファニーで朝食を
  • トルーマン・カポーティ (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
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評価:星3つ

 言わずと知れた名作を村上春樹が「新訳」として訳しなおし、トルーマン・カポーティと村上春樹の夢のコラボが実現! もっと村上色に染まった『ティファニー・・・・・・』を想像していたが、トルーマン・カポーティのリズム感のある文章を壊さずに原文の色を最大限に活かした見事な翻訳だ。しかもさすがは作家の訳だけあって、日本語の文章が読みやすくて上手い。日本語への変換を感じさせずに、自分のものとして文章を書いているあたりはさすが第一線の作家である。
  オードリー・ヘップバーン扮するホリー・ゴライトリーのイメージを頭から消し去って、原作の中にいる違うホリー像を作ってほしいと村上氏はあとがきで書いておられるが、正直に言うと、私は最後まで「オードリーのホリー」から抜け出せなかった。違うホリー像を結べるだけの「原文の中のホリーらしさ」がもうひとつ出し切れていなかったように思えたことが、やや残念だった。

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福井雅子

福井雅子(ふくい まさこ)

1967年生まれ。神奈川県出身、神奈川県鎌倉市在住。本屋さんが大好きなのであっちこっちで書店に入り、いつも時間を忘れそうになります。好きな本のジャンルは、基本的にはノンフィクション。でも乱読の楽しさを覚えてしまい、掘り出し物を求めていろいろなジャンルに手を伸ばしています。絵本やファンタジーも大好きで、最近は図書館に行くと子どもの本のコーナーにいる時間が長い! 好きな作家は、沢木耕太郎、司馬遼太郎、三浦しをん、池澤夏樹、椎名誠、浅田次郎、森絵都など。素晴らしい本にはたくさん出会っているものの、「感銘」となるとやはり司馬遼太郎の『竜馬がゆく』と沢木耕太郎の『凍』か……。

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