『猫泥棒と木曜日のキッチン』

猫泥棒と木曜日のキッチン
  1. 螺鈿迷宮
  2. 生き屏風
  3. 細菌と人類
  4. 蓬莱洞の研究
  5. 時間封鎖
  6. 猫泥棒と木曜日のキッチン
  7. ティファニーで朝食を
岩崎智子

評価:星2つ

 「モンスターペアレント」に代表されるように、「大人になれない大人」が増えている。そして、「否応なく大人にならなければならない子供」も。本作は、そんな現実を反映したかのような家族構成になっている。父が亡くなり、二度目の父は外面はいいけどDVに走り、あげくに家を出る。そして母親も男を追って家出。十七歳にして一家の大黒柱となったみずきは、腹違いの弟のコウちゃん、友だちの健一君と過ごす木曜日の夕食が楽しみ。「わたしだってお母さんのことをそれなりに愛してはいる。なにしろお母さんなわけだし。ただ、十七にもなると、さすがに無条件ってわけにはいかない。(p30)」と、ネグレクトされた子供にしては、親に対しても極めてクール。だが、猫の不妊治療をしなかった主婦が、生まれた子猫を次々と捨てていた事を知り、心の奥底に抑えていた思いに気づく。「次々生まれた子猫を捨てる主婦」に、みずきが誰を見ていたかはすぐに分かるだろう。でも「捨てた親へのリベンジ」に走るのではなく、「不幸をこれ以上生まない処置」を選ぶところに救いがあって良かった。

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佐々木康彦

評価:星3つ

 母親が家出して、5歳の弟と二人で暮らす女子高生みずきが主人公ですが、彼女の場合、母親がいた時も家事は自分がしていて、お金も母親が残していった貯金があり、裕福ではないけれど生活できる状況で、暗い感じはしません。ただ、みずき自身、気づいていないだけで、猫の死骸を庭に埋めるという行為で心の空隙を埋めていたんではないでしょうか。私たちは生きていく中で色々な物を失って、それでもそんなことはおかまいなしに人生は進んでいき、またそれでも生きていればその中で自分にとってかけがえのない何かを得ることもあります。著者の作品は8月の課題書『流れ星が消えないうちに』と本作しか読んでいませんが、どちらもそういったことを感じさせてくれる作品のような気がします。読んだ後に、ものすごく感動したとか、涙が止まらなかったとか、そういった作品ではないのかも知れませんが、静かに心に染み入ってくるお話でした。

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島村真理

評価:星3つ

 ある日お母さんが失踪してしまう。緊急事態だけどみずきはへこたれたりしない。学校へ行き、家事をこなし、弟の面倒をみる。それは母がいたときと同じことだから。
  大きな喪失と不安があるはずなのに「学校を出るだけのお金が残っているから」と、母親の家出に動揺すら見せないみずき。困ったときほどいつもの生活を続ける方が楽だと思うが、なんて冷静。というよりも、冷たすぎないかと思ってしまう。子供たちを簡単に捨てて出ていった母親の身勝手さが薄れているのは、母親の描写が少ないこともあるが、みずきの異常な強さが際立っているからでもあるだろう。
  冷静沈着でしっかりものの彼女が奇妙に見えるのは、事故で死んだ子猫に対する執着。庭に墓が乱立してくると心のどこかが壊れていくみたいで少し怖い。小学生のコウちゃん、事故で足が悪い健一と、弱い立場の3人が家庭ゴッコをしているところは、ほのぼのと優しい気持ちになる。過去を踏み越えていくラストに励まされるだろう。

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福井雅子

評価:星3つ

 母親が家出しても弟と二人で淡々と生きていく十七歳の高校生・みずきが、猫をきっかけに自分の「いたみ」に気づき、その「いたみ」と正面から向き合って乗り越えていく物語。
  大人びて冷めた少女に見えるみずきが、無意識に押し殺していた「いたみ」に気づいてそれを開放し、やがて「いたみ」を乗り越えたみずきは強くしっかりした足取りで未来に向って歩き出す。そんなみずきの成長の過程が、ほんわかしたトーンでやわらかく描かれるが、そこから伝わるメッセージは力強い。生きることを肯定し、励ましと希望を与えてくれる物語だ。みずきを支える友人の健一くんがまたとてもいい人で、みずきのキャラクターとともにさわやかな読後感をもたらす。みずきと同じくらいの若い世代の読者に贈りたい本である。

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余湖明日香

評価:星2つ

 お父さんがいない。恋を求めて奔放なお母さんは出て行った。父親の違うコウちゃん二人っきりで生活しなければならなくなった女子高生みずき。映画『誰も知らない』を彷彿させるストーリー。だけどみずきは、母親がいなくなったことをちっとも気にせず料理を作り、コウちゃんと暮らしていく。変わったことといえば、道で轢かれてしまった猫を家に連れて帰ってお墓を作ることだ。
終盤、物語の重要な場面として、生まれてしまった子猫を道端に捨てるおばさんとの対決がある。
私はここを読んで、中学生の時の友人の発言をふいに思い出した。昨日見たテレビの野生動物のドキュメンタリーの話をしていて、「肉食動物に食べられる草食動物を、テレビのスタッフはなぜ助けないのか」と彼女は言ったのだ。野生の食物連鎖と、ペットとして人間が飼っている猫の避妊手術をしなかったり捨てたりすることのレベルはもちろん全然違う。みずきの行動を偽善と思うわけではないけれど、なんとなく納得できない。また、捨て猫を、母親に捨てられたみずきたちと置き換えて読んでみても、なんの解決にも救いにもなっていないのではないかと疑問が残るのだ。猫のお墓を作り、猫が捕ってきたすずめやねずみのお墓を作るみずき。母親に対するドライさとのアンバランスが現代的なのかなあ。
他の方が書いている感想も読んだのだけれど、それらに書かれていたような爽やかさや感動を私は感じられなかった。

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