『生き屏風』

生き屏風
  1. 螺鈿迷宮
  2. 生き屏風
  3. 細菌と人類
  4. 蓬莱洞の研究
  5. 時間封鎖
  6. 猫泥棒と木曜日のキッチン
  7. ティファニーで朝食を
岩崎智子

評価:星3つ

 昔に比べれば、鬼も随分幸せになったものだ。童話『ないた赤おに』では、赤おにが受け入れられるために、青おにと別れなければならず、『桃太郎』『金太郎』では退治されてしまう。ところが、夢枕獏の『陰陽師』では鬼の哀しみが描かれて同情を誘い、本作の主人公・小鬼の皐月は、人間から相談事を持ちかけられる存在だ。頼まれたのは「病で死んだ酒屋の奥方が屏風に取り憑いて、あれこれと我がままを言うので、話相手になって欲しい」ということ。現世と異世界の真ん中に絵が介在するのは、行方不明になった親友が掛け軸から出てくる、梨木香歩の『家守綺譚』と似ている。「死んだ後も生きた人間を困らせるなんて、なんて傍迷惑な」という奥方の印象が、皐月との交流で変わってゆく。妖艶な狐妖、喰えない猫みたいな皐月の師匠(実際猫に変化する)が登場し、ほのぼのした雰囲気が漂う。「まるで講談師みたい(p50)」と言われる皐月が、この先いくつの「あやかし物語」を語るのか、とても楽しみ。

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佐々木康彦

評価:星3つ

 本作は第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作ですが、県境に住み里を守る小鬼の皐月と人間たちとの交流を描いた作品で、残虐な場面やグロテスクな描写がある一般的なホラー小説とは違い、心温まるファンタジー小説となっています。
  表題作「生き屏風」は幽霊となり屋敷の屏風に取り憑いた大店の奥方の話。幽霊となって我儘放題の奥方に手を焼いた主人が厄介事を皐月に押し付けるのですが、諦観すら感じさせる奥方の幽霊に対し、生きている人間の欲深さは醜くくてどっちが異形のものなのかといった具合。読んでいくうちに問題の元凶であるはずの奥方の幽霊に感情移入してしまい、とてもせつなくなりました。男が猫の妖にたのんで雪にしてもらう「猫雪」という話も幻想的な描写がすばらしく、ホラーっぽいのは冒頭皐月が馬の首から這い出てくるところぐらいですので、ホラーが嫌いな方も読んでみては如何でしょうか。

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島村真理

評価:星3つ

 ホラーの分野に置くには少しぬるいような気がします。しかし、そう思うのは、私があまりにホラー=スプラッタという世界に固執しているせいかもしれません。これは妖怪小説というのでしょう。それとも日本昔話というべきか。時代も国も特定されないけれど、懐かしさとやさしさが心の柔らかいところに直接訴えかけてくるお話です。
  村はずれで「村を守る」役割をしている皐月。馬の首の中で眠る妖鬼の彼女のもとに、霊となった酒屋の奥方の相手をするという依頼がきます。赤い屏風にとりついた奥方。彼女と話すうちに、普段、人とのふれあいが薄い皐月の心は弾み、依頼者には厄介者にみえている幽霊の悲しみに気づかされます。生きていても死んでも孤独な魂。奥方の抱えているさみしさが、人よりずっとずっと長生きをしてしまう妖鬼の皐月とどこか通じるところがあるのですね。皐月が奥方に聞かせる父親と親方の話がほろりときました。
  そんな皐月と、皐月たちにまつわる短編を楽しめます。妖かしと人間がまじわって暮らせる世界が愛おしく感じられる本でした。

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福井雅子

評価:星4つ

 主人公は妖鬼。女の霊が憑いた屏風の話し相手になってほしいという奇妙な依頼を受けて……というカバーの文を読み、妖怪が跋扈するおどろおどろしい内容を覚悟した。ところが、収録の三作品はホラー小説には違いないものの、心に染みる静かでしみじみとした作品で、どろどろした妖しい雰囲気はない。
  中でも『猫雪』は風雅でファンタジックな空気すら感じられ、趣深い。猫の姿の妖怪に「猫にしてやる」と言われて「猫より雪になって天をさすらい地を見下ろし、やがてそっと地と一体に溶け行く気分を味わいたい」と答える男。様々な思いを抱えたまま雪になって女たちの肌に舞い降り、溶けて消える。胸の内にあった言葉の代わりに、唇にあたった結晶に思いを込めて水の小さな玉となって消える。このしんとした風景の美しさは衝撃的で、ホラー小説を読んでいることを忘れた。ホラーが苦手な人にもおすすめの作品である。

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余湖明日香

評価:星4つ

 日本ホラー小説大賞短編賞受賞作である表題作に、書き下ろしの二編を加えた連作短編集。2作目の「猫雪」や続く「狐妖の宴」も、魅力的な、一癖もふた癖もある妖怪や人間達が登場して面白いが、なんといっても「生き屏風」が良かった。
「皐月はいつも馬の首の中で眠っている」
まずこの冒頭から掴まれる!
村境に住む皐月は、飼っている馬(その名も「布団」)の首の中でないと寝られない妖鬼だ。物語は鬼や妖怪が人間と共存しているいつかの時代の日本が舞台のようだが、丁寧な時代背景や設定の説明はない。だからこそ、読者をすっと物語世界に引き込むこの一文は秀逸だと思う。
皐月は、死んでから屏風に取り付きわがまま放題の酒屋の奥方に、話し相手として雇われる。シェヘラザードよろしく皐月が奥方に語る不思議な体験や出逢った妖怪の話は、過度に面白そうに描写しているのではなく、むしろ淡々としている。ただその淡白なリズムが、作品全体の独特の雰囲気を生み出している。皐月と奥方が親密になっていく様子や、じんわりと心に広がる結末もいい。短編だけではなくぜひ長編も読んで見たいと思う作家だ。

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