『ここはすべての夜明けまえ』間宮改衣
●今回の書評担当者●福岡金文堂志摩店 伊賀理江子
「ちょっと信じられないような小説」
このPOPに引き寄せられ手に取る。
こういう出版社の作製したPOPや、出掛けた先の書店で手書きPOPに引き寄せられることは結構ある。この本いいよ!って誰かが、オススメする気持ちを送ってくれている。そしてそれはちゃんと届く。今回は私に。
この作品の冒頭はこう。
二一二三年十月一日ここは九州地方の山おくもうだれもいないばしょ、いまからわたしがはなすのは、わたしのかぞくのはなしです。
主人公は「融合手術」という体のほぼすべてをマシン化することで永遠に老化しないテクノロジーを受け、25才から見た目が一切変わらない女の子。101年前父親から家族史を書いてほしいと頼まれる。彼女はおしゃべりが大好きだ。物語は主人公の視点でのみ語られる。
家族やまわりの人間は年を取って死んでいく。自分だけ生き残り、変化の無い日々を送る。
人間は生まれることを選んで生まれてきたわけではない。そして彼女は死ぬことも選べない。
なんて状況だ。
想像しようにも気持ちを思い描けない。想像ができないことは恐怖に近い。ちょっと絶望すら感じる。
家族史には主人公の父親、兄姉のこうにいちゃん、まりねえちゃん、さやねえちゃんとその息子のシンちゃんがでてくる。
それぞれの話が印象的だが、こうにいちゃんの話は胸に強く刺さった。読んでいて現実を突きつけられて、深く共感してしまったら少し苦しくなってしまった。泣いた。胸には未だ刺さったままだ。
現実のこのご時世、日々忙しく働いて一生懸命生きているひとは理解できてしまうかもしれない。でも共鳴しないでほしい。(これはきっと本を読んでもらえたら分かる)
嬉しい楽しいしんどい悲しい痛い、どんな感情も自分のものだ。自分だけのものだ。自分を救うのも自分だ。記憶や思い出を抱えていつまで人間らしく、自分のままいられるだろう。
主人公が書き記したここまでが1。
後半の2では再びおしゃべりができる。(よかった、、!)
そしてラストに向けてのこの部分、ほう。と唸ってしまう。自分の思考感情フル動員で挑んでほしい。読み終えたあと脳がなんだか疲れているが、気分は非常にいい。
とても爽快な読後感だ。
そして一冊を通して目でもしっかり楽しんでほしい。
文字を、言葉を、ひらがなの美しさを。
これは哲学書だ。
いや、ちょっと信じられないような小説だ。
- 福岡金文堂志摩店 伊賀理江子
- 福岡県糸島市在住。2020年福岡金文堂志摩店入社。2022年頃から文芸文庫担当。夫がひとり娘がひとりの3人家族。江國香織が好き。大好き。ミステリやコワいものグロいものも大好物。整体ですべての筋肉が眠っていると言われたことがある。だからかよくつまづく。いろんな意味で。