『虎の血』村瀬秀信

●今回の書評担当者●精文館書店豊明店 近藤綾子

  • 虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督
  • 『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』
    村瀬 秀信
    集英社
    1,980円(税込)
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 昨年はアレしたから、今年はアレンパしかないというのに、開幕から調子が上がらないことに、イライラが募る。


 一体、何の話かというと、我が阪神タイガースのことである。最近、やっと勝数が五割以上になって(4月21日現在)、連勝し、一安心というところ。ただ、相変わらず、打率が低いのが気になるが、これから上がるに違いない。


 ところで、アレとは、昨年、岡田監督が「優勝」を「アレ」と置き換えて使い、流行語大賞にもなった言葉で、アレンパは「優勝」+「連覇」の造語で、サトテルこと佐藤輝明選手が命名。


 巨人なみに歴史のある球団であり、選手力もあり、人気球団であるのに、優勝回数は少ない上に、連覇のない阪神タイガース。だからこそ、今年こそ連覇を!と期待しているのである。このまま調子が良い状態が続くことを願うが、一転、不調が続くもんなら、阪神恒例のお家騒動になるかもしれない。


 いや、現在の岡田監督ならば、大丈夫と思いたいが、やはり、油断大敵。(この岡田監督就任も当初平田コーチ監督就任と言われていた経緯もあるしね。)阪神のお家騒動は、まるで、伝統の1つのようだ。


 そんな開幕からもたつく阪神を横目に読んだのが『虎の血 阪神タイガース 謎の老人監督』(集英社)である。この謎の老人監督の名を岸一郎という。1955年、プロ野球未経験であるにも関わらず、突然阪神タイガースの監督に就任。年齢60歳。今なら、60歳なんて若いと思うが、調べてみると、当時の平均寿命が男性63.60歳っていうから、びっくりするくらいの高齢。


 そんな人間が突如阪神タイガースの監督になった。岸が「チーム再建論」を書いた手紙を当時の野田オーナーに送ったところ、その内容に、野田が感銘。それで、就任になったという説があるとかないとか。それが事実なら、全国に2000万人いるといわれる自称阪神タイガース監督(私もその1人)が、我こそは!と手紙を書きそうだ。それにしても、ほんまかいな...と思わずにはいられない話である。


 とにかく、この謎の人事により、第8代の阪神タイガースの監督になった岸であったが、たった33試合で消えることになる。当時のミスタータイガースこと藤村富美男をはじめとした選手からの猛反発が原因である。まあ、次期監督と言われていた藤村にしてみたら、突然、素性の知れない老人が監督になったので、面白くない。しかし、それにしても、藤村富美男!いくらなんでも監督に対しての選手の態度としてあまりにも酷いぞ! 藤村の現役の姿を知らない私には、ミスタータイガースと言われるくらい凄い選手のはずなのに、こんなに嫌なやつだったのか!としか思えなくなったじゃないか。そんな藤村も、翌年、選手兼監督につくが、スタンドプレーがチームメイトに反感を買い、追い出されることになる。何とも因果応報。


 そこで、著者は指摘する。選手達が岸を監督という立場から引ずりおろしたという成功が、後の阪神タイガースのお家騒動の歴史の始まりなのだと。確かに、その後の阪神の歴史を見ると、納得するしかないのだ。阪神タイガースの歴代の監督数は、どの球団よりも多い。それだけ、揉めて、辞めていく監督が多いのである。


 それにしても、謎の老人監督岸一郎である。阪神を追い出された後、岸は故郷の敦賀に戻った。著者は、敦賀に行き、岸について調べるのだが、たった33試合とはいえ、阪神タイガースの監督になったのに、知らない人が多く、苦戦する。が、少しずつ岸という人物の姿が、分かってくる。たとえば、プロ野球経験こそないが、実は大学野球などでは、かなりの名選手であったことが判明。もっと早くに監督になっていたら、誰にも文句を言われない監督になっていたんじゃないかと思うのは買いかぶり過ぎか。


 また、とても残念だと思うのは、筆まめであった岸の日記があったらしいが、すでに処分されていたこと。タイガースの監督をしていた時の心情など、知りたかった。しかし、著者の粘り強い取材で明らかになったことは、想像の斜め上をいくような興味深いことばかりなのである。


 阪神ファンじゃないのに? 野球に詳しくないのに? と思う方も心配ご無用!


 最初から最後まで、著者の明るく、軽快な文章で、時には笑いつつ、一気に読めてしまうこと間違いなし! 痔の悪化が、岸の退任理由だったエピソード(岸自身は否定)の章のタイトルを、THE ENDって書いちゃうんだもん。このあたりが、ただのノンフィクションではなく、エンタメ・ノンフィクションである所以か?!

 阪神の選手は、事あることに「ファンの応援のおかげ」と言う。実は、このことが、タイトルの「虎の血」の意味に繋がる重要なところなので、ぜひ、本書を読んで欲しい。


 とにかく、ファンのおかげという阪神の選手達を、阪神ファンは、全然勝てなかった時も、ダメ虎と言われ続けても、見捨てることなく、応援をし続けた。お家騒動など、ゴタゴタしていても、応援し続ける。


 岸のような監督を誕生させてしまうのも、他の球団ではあり得ず、やはり、阪神タイガースだからこそのような気がする。
手がかかる子ほど可愛いという心境か?!


 さあ、今宵も、ビール片手に、六甲おろしを歌うぞ!

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精文館書店豊明店 近藤綾子
精文館書店豊明店 近藤綾子
本に囲まれる仕事がしたくて書店勤務。野球好きの阪神ファン。将棋は指すことは出来ないが、観る将&読む将。高校生になった息子のために、ほぼ毎日お弁当を作り、モチベ維持のために、Xに投稿の日々。一日の終わりにビールが欠かせないビール党。現在、学童保育の仕事とダブルワークのため、趣味の書店巡りが出来ないのが悩みのタネ。