『兎は薄氷に駆ける』貴志祐介

●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙

 貴志祐介キター!!

 書店員になって一番嬉しいことは、好きな作家の新刊情報をいち早く知ることができることである。だから貴志祐介の新刊情報を知ったとき、私は売場にある自分の作業台で「うおー!」と声を上げてしまった。お客さんの少ない時間帯で助かった。

 この本では冤罪事件が扱われている。主人公の日高英之が幼い頃、英之の父親は冤罪で捕まり刑務所内で亡くなった。その無念を果たすべく、英之は自身が叔父の殺害容疑で逮捕された時、自身の冤罪を訴えると同時に父の冤罪も訴えたのだ。

 冤罪を証明するには多大な時間と労力がかかるし、無罪を勝ち取ることも少ない。その難しい冤罪を、自分と亡くなった父親の二つも訴えて頑張っているから英之を応援したいのに、英之をはじめ、英之の恋人や弁護士など、違和感だらけなのだ。

 信じたいのに信じきれない違和感のおかげで、この分厚い本は一気に読み切ることができる。

 そしてこの本は今の正義感に溢れた世間を表しているなと思った。今、私たちのような一般人でもSNSで問題提起することができて、世間の注目が集まり、問題は改良されてみんながより生きやすくなる。

 だが問題提起した人は、その問題が改良された後、どうするのだろう?と私はいつも疑問に思っていた。

 だんだん改良されて、世間の注目は逸れて、やりがいもなくなり、みなから忘れ去られた時、一度注目を浴びた人がその後の平和な生活に満足するのだろうか?

 新たな人生を楽しんで欲しいが、小さな不満を大きく訴えて目立とうとするのではないかと心配している。

 それは私たちに迷惑がかかるから心配しているのではない。その人自身が不幸になるから心配している。マイナスのことばかりに目を向けたって損しかない。山ほどあるプラスのことに目を向けて幸せに生きて欲しい。

 これは私が英之に願うことだ。英之の周りには支えてくれる彼女や助けてくれる弁護士もいる。英之には椎名林檎の『ありあまる富』を聴いてほしい。英之、君には富がありまるほどあるよ。

 さて、今回でこちらの書評が終了する。今更だが、私に書を評する資格はない。私は本屋大賞よりもCDショップ大賞に投票したくて本屋に就職したからだ。本ももちろん好きだが、自分の好きな本しか読んでいなかったから、会社には本の猛者たちが溢れていて自分の未熟さを痛感した。

 そんな私が本の良し悪しを書くことはできないから、私の笑えるような経験や考えを書くことで、本に興味を持つきっかけになればいいなと思って書かせてもらった。だから私の書評で本の内容は全くわからないだろう。そこは謝りたい。

 私は今までこんなに目立ったことはなかったから、これから今まで通りの埋もれた普通の人に戻れるのか、それとも悪あがきしてまた目立とうとするのか、私自身で実験してみようと思う。

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明屋書店空港通店 久保田光沙
明屋書店空港通店 久保田光沙
愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。