『ミシンの見る夢』ビアンカ・ピッツォルノ

●今回の書評担当者●田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔

  • ミシンの見る夢
  • 『ミシンの見る夢』
    ビアンカ・ピッツォルノ,中山エツコ
    河出書房新社
    2,533円(税込)
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家政婦は見た、ならぬ、お針子は見た!
厳しい階級社会の中、女性軽視が根強く残る19世紀のイタリアで、ひとりの少女が祖母から受け継いだ裁縫を手に、様々な苦難を乗り越え、諦めず貪欲に学び、ときに恋をして成長していく物語。
少女とともに、貧困家庭から上流家庭のお屋敷まで様々な暮らしを覗きます。
そこで少女が知った、上流家庭の驚くべき秘密とは・・・!?

女性が社会的な自由を求めて理不尽な社会に立ち向かう姿勢に、勇気をもらい励まされるだけではなく、本全体から手仕事をする職人さんに対する著者の敬意と愛をひしひしと感じるんです。

『縫うとは素晴らしい創造的な活動だ。』

今の世の中には機械化により大量生産された衣類が溢れかえっています。
ほんの200年ほど前の世界では、上流家庭であっても服や布地は再生し、別の形で再利用をすることが当たり前で、裁縫というのは生きていくために必要な技術でした。
物が無い中で、必要とされて作られる物たち。
それを手に入れて最後まで大切に使う人たち。
自分が必要としている物が明確で、欲しい物が分かっているからこそ、物を手に入れることは幸せで、物を買う喜びもあったのだと気づかされます。

様々な商品の宣伝や、SNSの他人の評価や言葉に踊らされて、自分が何を望んでいるのかわかりにくくなっている現代。
無駄にまみれ、情報や物に溢れてぐちゃぐちゃになっていく思考と、まとまらない感情の中で生きていくのはとても苦しくて辛いものです。

自分が励まされる物や、自分のことを好きになれる物、変わらずに大切だと感じられる物は、「親友」のようにかけがえのないもので、一人ひとり絶対に違うもの。
人それぞれに価値があるもの、求めているものは違って当然で、だからこそ、それを手にしたときに初めてその物と最後まで向き合い、大切にしたいと思える。

主人公の少女が、稼ぎよりも自分の技術が磨かれることに喜び、仕上げた仕事を見て達成感と満足感に満ち、それらが自信に繋がり、自分を誇りに思う場面がありました。
時に、飢えを感じるほどに貧しく、理不尽で苦しい扱いを受ける描写もあるのに、どうしてこの本には明るく、希望に満ち溢れるような前向きな気持ちにさせられるのだろうと考えていたのですが、貧しい少女の中に満ち溢れる煌めくような自尊心に、現代を生きる私達にとって大切なことを見たような気持ちになったからだと気付きました。

少ない選択肢の中で、少女は自分のやるべきことに真摯に全力で取り組み、全てを注ぎ込んだからこそ身に付いた技術は彼女にとっての価値となり、その人生を切り拓く強さになりました。それを知り、「誰かや、何かと比べなくて良い。自分の心に従って好きだと思えるものに目一杯取り組んでみたら良い。」と励まされるような気持ちになりました。

最後になりますが、ぜひ装丁を愛でてみてください。
手触りや細やかな刺繍糸の再現に、装丁自体が刺繍されたものではないかと感じてうっとりしてしまう美しさです。

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田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
田村書店吹田さんくす店に勤務して3年弱。主に実用書・学参の担当です。夫と読書をこよなく愛しています。結婚後、夫について渡米。英語漬けの2年を経て、日本の活字に飢えに飢えてこれまで以上に本が大好きになりました。小さい頃から、「ロッタちゃん」や「おおきな木」といった海外作家さんの本を読むのが好きです。今年の本屋大賞では『存在のすべてを』で泣きすぎて嗚咽しました。