『金魚屋古書店』芳崎せいむ

●今回の書評担当者●さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜

 夏のある日。
 うだるような暑さとセミの鳴き声に包まれながら、〝あなた〟は書店の扉を開いた。
 特に買いたい本はない。
 だからこそ〝あなた〟はのんびりと棚を見て回る。
 ふと〝あなた〟は足を止め、きれいに並べられた、その中の1冊に手を伸ばす。見たこともない絵柄、聞いたこともない作者の本。だが、その本からは何かを感じる。
 そして。
 これは自分が読むべき本だ──そう思いながら〝あなた〟はレジへと向かっていった。

 このような出来事は日本のあちこちで起きる、よくある光景のひとつにすぎないかもしれない。
 だが、本を手にしたその人にとっては、運命的な出会い──そんな出来事を体験したことのある人は多いだろう。

 僕にとってのそれは2003年のことだった。
 大学の休みにあわせて帰省した僕が、さわや書店釜石店で手に取ったのが『金魚屋古書店出納帳1』(少年画報社)。すぐに出た2巻も買った。その後、小学館に発表の場を移し、「金魚屋古書店」として物語は続いていった。

 「金魚屋古書店」では漫画専門古本屋を軸とした、古本漫画(たまに新刊も)を巡る人間模様が描かれる。
 漫画を卒業したサラリーマン。
 ある探偵漫画に人生を捧げてしまった青年。
 難病の伯父に漫画を買うよう頼まれた女子高生。
 漫画嫌いの出版社社長。
 同じ漫画を何度も注文してくる人物。
 そして、古本屋仲間、新刊書店店員、貸本屋やセドリ──多くのまんがばかたち。

「金魚屋古書店」を読んで見つかるのは面白そうな漫画だけではない。もちろん面白い漫画も見つかるが、作中で描かれる人間模様が実に魅力的なのである。

 行きたかった国。
 食べたかった料理。
 目にしたかった光景。
 口にできなかった言葉。
 そのひとがどんな環境にあろうと、時を超え、空間を超え、漫画経由で繋がる想いがある。さまざまなエピソードごとに描かれるその想いこそ、この漫画の見所と言っても良い。

 中でも1巻に収録の「北斎漫画」は僕にとって永遠のバイブルだ。
 文章に書くことに悩んだとき、物語を綴るのが苦しくなったとき、ふと本棚から取り出して読む。すると作中人物のように、涙を流してすっきりし、ふたたび前に進む力が身体の奥底から湧き上がってくるのだ。
 まるで作中に出てくるひやしあめのように。
 このエピソードはこれまで何度も読み返してきたし、今後も数え切れないほど読み返す──そんな気がする。

 全19巻127話で「金魚屋古書店」は完結した。
 だが、「金魚屋」の物語は終わらない。
 金魚屋にはこれからも漫画を求めて多くの客が訪れ、何かを見つけることだろう。

 1巻に出てくる弓道部の高校生は、こう口にする。
「この店で見つかるのは漫画本だけじゃないんだ。だから......だから誰からも愛されるんだと思う」、と。
 だが、漫画以外に何を見つけたのか、彼が語ることはない。

 それを承け、9巻に出てくる女子高生はこう続ける。
「誰もが見失ってしまった自分の中の何かを、あの場所でまた見つけ出す」と。しかし、これは彼女が出したひとつの回答に過ぎず、それはひとによって変わるはずだ。
 だから。
 僕は尋ねたい。
 金魚屋で〝あなた〟は何を見つけましたか、と。

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さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
1983年岩手県釜石市生まれ。小学生のとき金田一少年と館シリーズに導かれミステリの道に。大学入学後はミステリー研究会に入り、会長と編集長を務める。くまざわ書店つくば店でアルバイトを始め、大学卒業後もそのまま勤務。震災後、実家に戻るタイミングに合わせたかのようにオープンしたさわや書店イオンタウン釜石店で働き始める。なんやかんやあってメフィスト評論賞法月賞を受賞。