『鳥肌が』穂村弘

●今回の書評担当者●丸善博多店 脊戸真由美

 まずは、知り合いのバンドマンからきいた話。

「ずっと飼ってたのに、急に死んじゃったんだよ」
「それがツアーに出る当日で」
「ちゃんと葬る時間がなくて」
「どうしようもなくて」
「冷凍庫に入れて出かけた」
「真夏だったんだ」

 さて、本屋というのも、よく時空がゆがむ場所なのです。実は。
 まずは、この本。表紙を指でなぞってみてください。ぞわり、とします。
 うしろに、ぽとりと、なにかが。

 恐怖とは、この後を想像するから生まれるのです。こうなったらイヤだな。

 わたしは、職場のビル清掃の人に、「あなたは双子ちゃんなの?もうひとり、そっくりなひとがいるわよね」と言われたことがある。
 同僚は、仕事帰りのラーメン屋で、まずはビールと注文したところ、「あの、一風堂の方ですよね? うちのバイトが、昼間働いてるのを見たって言うんで」と、お店のひとに声をかけられたそうだ。

 ブラタモリによると、博多という土地は、人が住み始めた弥生時代から、自然の高低差を整地せずに、上にどんどん物を載せてってるとのこと。
 なので、現在の地表面の1メートル下が江戸時代、さらに下が鎌倉時代、平安時代、奈良時代、弥生時代。いまだにどこを掘っても、過去の遺物が出てくる。

 先日、近所のコーヒー屋で、向かいに建ってた古いナントカ荘が、取り壊されていくのをぼんやり眺めていた。
 建物がなくなり、ショベルカーが地面を堀り始めたら、明らかに加工された、巨大な石がじゃんじゃん掘り出されてきて、ギャラリーは沸いた。
 墓石や灯籠の一部だったと思われる、真ん中に穴が開いてたり、まあるく削られた石がわんさと。
 桜の下には死体が、と言うが、アパートの下には墓石と灯籠が。

 大島てるによると、この地区には「シャブ中の割腹自殺」という物件がある。平成の日付だ。

 市内にある、別の書店の話。

 閉店後の店内で、「ねぇ、何か聞こえない?」「もう、やめてよ。早く帰ろ」
翌日、「やっぱ、聞こえるって」と、平台下のストッカーを開けたら、そこには子猫が。
 繁華街のど真ん中、路面店でもない。みずから歩いてきた可能性は、まず、ない。
 営業時間中、ポケットかバッグに、子猫を忍ばせた何者かが、店員にも他の客にも気づかれずに、ストッカーを開け、子猫を投げ込み、閉めて去る。

 さらに、発見が遅れていたら? ‥‥考えただけで、鳥肌が。

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丸善博多店 脊戸真由美
丸善博多店 脊戸真由美
この博多の片隅に。文庫・新書売り場を耕し続けてウン十年。「ザ・本屋のオバチャーン」ストロングスタイル。最近の出来事は、店がオープン以来初の大リニューアル。そんな時に山で滑って足首骨折。一カ月後復帰したら、店内全部のレイアウトが変わっていて、異世界に転生した気持ちがわかったこと。休日は、コミさん(田中小実昌)のように、行き先を決めずにバスに乗り山か海へ。(福岡はすこし乗るとどちらかに着くのです)小銭レベルの冒険家。