『おにたろかっぱ』戌井昭人
●今回の書評担当者●本の森セルバ岡山店 横田かおり
『おにたろかっぱ』は三歳のタロくんと、四十八歳の崖っぷちミュージシャンの父ちゃんの日常が綴られた物語だ。
まだ学校に通っていないタロの友だちは、ちゃぶ台に"住む"オニとカッパと、上田ウシノスケという牛のぬいぐるみ。子守歌替わりに落語を聞かせていたせいか、タロの言葉は年齢に似つかわしくなく、「会議」でおにたろかっぱの三役を演じるほどには達者だ。タロにばれないよう細心の注意を払いながら、ウシノスケの声は父ちゃんがアテレコをしている。
大人にとっては不可解な言動も、タロにとって意味のあることだ。石を投げ入れるのは海をきれいにするため、カンキョーを考えてのことだという。父ちゃんの言葉を真に受け、飴を食べるシュギョーのために石を口にしたタロは、念願の本物の飴を食する機会を得た。想像をはるかに超えるタロの言動は命の躍動そのもので、その姿を父ちゃんは歌にしていく。
体調の優れない母ちゃんとしばし別れ、父ちゃんとタロは二人でどさまわりツアーを敢行した。長く風来坊的な生き方をしていた父ちゃんが、タロとなじみの場所を訪れると皆たいそう驚いた。タロ相手に本気でケンカする父ちゃんのせいで、諍いは絶えなかった。関門海峡をわざと「ちんもん」と言ったり、スピノサウルスが大好きなタロが可愛くてたまらない。
広島で「コイを食べたい」とうっかり口にしたタロが、宿主にこっぴどく怒られたこと。倉敷の古書店店主に一目ぼれしたタロが一丁前に色気づいた時もあった。ワニ革の財布に大切にしまったおこづかいから、タロにおごってもらったビールの美味しさ。フランスに長く住んでいたミュージシャンから博打を教えてもらい、チンチロリンができるようになったこと。世間に向かっては大きな声で語れない、けれど大切な思い出が積み上げられていく。
ミュージシャン魂がねじれた形で炸裂した父ちゃんは、ライブ中に自らの不注意で大けがをした。戦いの途中だった二人はタロの不戦勝で決着した。母ちゃんと新幹線に乗って帰るといったタロを、見送る父ちゃんの目からは涙が溢れてとまらず、でもそれはケガの後遺症かもしれなかった。
楽しかったどさまわりの後、チョーキンしながら幼稚園に通い始めたタロ。二人で過ごした濃密な日々は終わり、父ちゃんの人生もまた分岐点を迎える。タロの小さな一歩のいじらしさが胸に迫り、踏み入る世界の大きさにどうか怯まないでと祈ってしまう。
絶え間なく終りと始まりを繰り返す私たちのささやかな日常。もう戻れない子ども時代のきらめきと、心のままに世界に参画する姿が物語にはあって、良い音楽を聴いた後のような余韻がずっと胸をたゆたう。
たまらなく愛しい父と息子の珍道中。
二人の姿を思い出すたびに、やさしい気持ちが心をめぐっている。
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- 本の森セルバ岡山店 横田かおり
- 1986年岡山県生まれ。書店員歴20年。担当は文芸書、児童書。おかやま文学フェスティバル実行委員おかやま文学創造ラジオMC、note担当。【 おかやま文学創造ラジオ|note 毎週ポッドキャスト配信中】本は友だち。人生の伴走者。この世界に本があってよかった。

