『死んでいるのに、おしゃべりしている!』暮田真名
●今回の書評担当者●本のあるところ ajiro 中川皐貴
「一冊の本で人生が変わった」という経験は私にはない。
でも一冊の本から好きなアーティストが増えたり、グレープフルーツジュースを好むようになったり、長野県が好きになったりした。そんな風にして、一冊の本が私を少しずつ変えてきた結果、今こうして本の業界で働いている。
一冊の本ではなく、「たくさんの本で人生が変わった」のが私である。
さて、今回紹介するのは、暮田真名さんの『死んでいるのに、おしゃべりしている!』というエッセイ。こちらは、「川柳」が「わたし」を助けてくれたという話だ。
読み始めてすぐに、私が漠然と抱いていた川柳へのイメージは音を立てて崩れていった。現代川柳と呼ばれるそのジャンルは、十七音という限られた文字数にもかかわらず、どこかふてぶてしさも感じられるほどに自由に振る舞っていた。
妖精は酢豚に似ている絶対似ている
石田柊馬
いやいやいや、とツッコミを入れたくなる。さすがに妖精と酢豚は無理があるよ、似ていないって、と。でもここで、私たちは妖精を実際には見たことがないことに気づかされる。そこに自信満々に「絶対似ている」と畳み掛けられると、ありえないと思っていても何も言い返せなくなってしまう。
現代川柳には、本来は意味を持つべき言葉に、意味から解放された異質な力が宿るように思う。その小さな詩型には、音の響き、有名な言葉のオマージュ、駄洒落といった言葉の意味とは異なる楽しみ方もある。
同じ暮田真名さんが編集されている『ゆきどけ産声翻訳機』という現代川柳アンソロジーには、
かなしくてベルリンと言う強く言う
倉本朝世『なつかしい呪文』
というものがある。これは実際に声に出してみると、どこかしっくりとくる。この川柳の解説で暮田さんは、「ベルリン」には都市が負う歴史以上に「ベル」も「リン」もどちらも「鐘(鈴)」を連想させるものだ、と書かれていて納得をした。なんだか駄洒落っぽくもあるが、そこがすごく良い。言葉の意味ではなく、音の響きにも重きが置かれている。
今の世の中、言葉に意味を見出そうとしすぎているのかもしれない。言葉の裏を考察し、正解はこれだ、という解釈を提示するのが主流になっている。
それが一概に悪いこととは思いませんが、けれどももっと意味を持たない、変な言葉があってもいいと思う。現代川柳には、悲しいときに都市名を強く言い、妖精は酢豚に似ていると言い張る言葉があって、それはそのまま言葉通りに受け止めるだけで充分に面白い。
はじめにピザのサイズがあった
小池正博『水牛の余波』
「はじめに言葉があった」を引用した川柳。ツッコミどころが多すぎるが、とりあえず「ピザのサイズ」より「ピザ」の方が先じゃん、と思う。最早ここに意味を見出そうとするのは無粋なのだろう。だって真面目な顔をして、「はじめに言葉があった」のトーンで言われたらもう面白いのだから。
言葉を楽しむということについて、必ずしも意味は重要ではない、ということが知れる読書体験であり、もっといろんな現代川柳も読んでみたいと思った。
一冊の本では、なかなか人生は変わらないだろう。でも二冊、三冊と本を読んでいくうちに、どこかで知らなかった世界に出会えるかもしれない。
そのような出会いをなくさないよう、いつでも本を読めるように、開かれた場を保つことが、この業界にいる者としての務めだと思う。
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- 本のあるところ ajiro 中川皐貴
- 滋賀県生まれ。2019年に丸善ジュンク堂書店に入社。主に文芸文庫担当。駿河屋に異動した後、2026年3月からは書肆侃侃房の営業担当兼「本のあるところ ajiro」にも勤務。 ジャンルは関心の赴くまま、浅く広く読みます。書名と著者名はすぐ覚えられるのに、人の顔と名前がすぐには覚えられないのが悩みでしたが、そうも言っていられなくなってきました。


