『ランジェリー・ブルース』ツルリンゴスター
●今回の書評担当者●本屋 亜笠不文律 アガサジューン
『ランジェリー・ブルース』、それがこの物語の名前だ。コミックスの表紙には、ひとりの女性。上半身、身につけているのは下着のみで、こちらをまっすぐ見据えている。ともすれば性的さを想起させる格好だが、その表情は凛として、どこか柔らかさをまとっている。
主人公は30代半ばの女性、深津ケイ。職業は派遣社員で事務、7年の付き合いだが結婚に至っていない男性パートナーがいる。仕事に注力しても評価は得られず、意志や欲求は惰性に流されていく。停滞する毎日に疑問を抱きながら過ごすある日、ケイは同僚に紹介された店へと買い物に。そこは、予約が必要な下着店。対応してくれた販売員はランジェリー業界においてレジェンドと呼ばれるご婦人で、ケイに提案と対話を重ね、最適な下着を探していく。時間をかけ、やがて巡り合ったブラジャーは「死ぬほど私に似合っていた」、「皮膚の延長のようにレースが体に乗る」、「胸が軽い背筋が伸びる」、「私が私をつかまえた感覚」。一連の体験に衝撃を受けたケイは、販売員募集の掲示を見て即座に履歴書を書き、その日に再び店を訪問。未経験の業界に転職する。
一枚の下着に出会うことで、ケイの人生が動き出す。大袈裟に聞こえるが、下着とは、最も肌の近く、心の近くにあるもの。プロの力を借り、自分に似合う、自然体で心地よいと感じられるものを見極めていく。その行為は、自身を大切にすることとイコールだ。ケイは仕事も人間関係も選んで生きてきたつもりだったが、その選択には大抵「間違ってはない」「このままでもいいか」という雑さが付随していた。たったひとつの下着で知ったのは、自分のための選択と決断。「何かを選ぶってことは人生の舵を自分でとることにつながっていく」、未知の仕事を前にして、ケイは不安よりも努力を選び取る。
そう、『ランジェリー・ブルース』は、お仕事マンガでもあるのだ。下着を求めて来店する様々なお客さん、性別・年齢・体型・目的もバラバラで、全てのニーズに応えなければならない。当然に膨大な知識が必要で、そこにフィッティングと接客の技術が関わってくる。例えば、ケイがレジェンド上司から教わる場面。「自信を持ってお客様にちゃんと向き合うの。思い込みや知ったかぶりはしない。お客様の話に耳を傾けて解決策を探す。そういう信頼関係を作って」、接客業に従事する上での極意が真摯に語られる。やがてケイが初めてお客さんと向き合う時、「渡す商品によってお客様との距離が近づいたり離れたりする」「お客様と自分をつなぐ細い細い糸が切れないように(お客様から)出てきた言葉と(自分の)目を頼りに慎重に慎重にたぐり寄せる」。自身が受けた感動をお客さんへ提供すべく、必死で模索する姿が描かれる。ケイを取り巻くキャラクター達の魅力、揉まれながらケイがスキルアップしていく姿、リアリティ溢れるエピソード全てがべらぼうに面白い。そして、下着を通じて浮かび上がる登場人物それぞれの人生に、読み手は自分を重ね、自分を許し、勇気をもらう。わたしは約230ページのうち、誇張なく、200ページほどを泣きながら読んだ。数え切れないくらい読み返しているが、毎回、涙腺はとめどなく液体を分泌する。
冒頭で触れた表紙、下着をまとったケイの背景は、シンプルなグレーの無地。そこに巻かれた本の帯は、レースを彷彿とさせる美しい模様をあしらっている。表紙をめくって触れる扉紙の手触りも実に良い。『ランジェリー・ブルース』は中身も外側も、隅から隅まで丁寧に作られているなあと惚れ惚れする本なのだ。
« 前のページ | 次のページ »
-
- 本屋 亜笠不文律 アガサジューン
- 2025年、大阪市阿倍野区にて総合新刊書店を開業。喫茶席もあり古本も扱いイベントも行う。需要に応えつつ発見に満ちた品揃えを維持し、まちの本屋が持ち得る機能を多々備えた場所に。……ユーモア溢るる自己紹介を述べたいのに、クソ真面目宣伝と化している。書店チェーン雇用下で人生を全うするはずが、ミラクル大回転を経て経営者に。融資返済と業務過多に追い立てられるも、驚くほどに本が売れるさまは、全ての憂いをぶっ飛ばす効を持つ。書店減少、抗って参りましょう。

