第8回 本の本分と性分

 お客さんで絵本を探しているひとは少なくない。ある特定の作家、タイトルのものが明確に決まっていたりする。子どもの時に読んだものを、もう一度読んでみたくなる気持ちはよくわかる。ただ、本のタイトルをまったく覚えていなかったりすると、漠然としたストーリーや表紙に何色を使っていたかを手掛かりにして探すことになる。古本の迷宮に迷いはじめる。一緒になって探しているうち、こんな絵本もあったなとお客さんと懐かしがっている。

 僕が好きだったのは『そらまめくんのベッド』と「14ひきのシリーズ」だった。そらまめくんのお気に入りのベッド。自分のものを大事にし過ぎるあまり、誰にも渡したくない、独り占めしたいと思う。そらまめくんのそんな気持ちが痛いほどわかった。当時、持っていた亀のぬいぐるみだったかブランケットが、僕にとってのベッドのような存在だった。14ひきシリーズは、小さく描かれた家族の暮らしを眺めながら、僕もこういう暮らしをしてみたいなと憧れていた。お父さんネズミが子どもたちを見守る姿に、不思議と僕自身をも守っていてくれるような気がしていた。

 お客さんからの古本買取で絵本がやってくると、たいていの場合ぼろぼろにページが割れ、謎のキャラクターの落書きや裏表紙に持主の名前が(おそらく親が書いたものだろう)消えないようにマジックで強く書かれていたりする。これでは商品としては取り扱いにくいが、その絵本が持ち主にとことんまで愛された証のようで「よく頑張った」と撫でたくなる。大事に扱われた本が幸福であるように、己が本であることを忘れるほどにくたびれた本もまた、幸福であるような気がする。

 とあるお宅に古本買取に伺った時、その蔵書量に圧倒された。お電話をしてくれた娘さん曰く、すべて今は亡きお父様が買い集めたものだそうだ。哲学、思想書が多く古本屋業としても嬉しいラインナップだった。いざ査定にかかろうと腕まくりして頁をめくると、何枚もの新聞の切り抜きが挟みこまれている。見てみれば、本と関連した記事やその作家のコラムであったりする。さらには、頁の端が何ページにもわたって折られているものが少なくない。娘さんのお母様、つまりには持主の奥様に話を聞けば「主人は読むために本を買っていた人だったので」とのこと。それはその通りだが、並大抵の読書家ではなかったことが、本から伝わってくる。鶴見俊輔氏とも交流があったそうで、氏からの手紙が挟まっている。手元に残すものを一つずつ確認しながら、「そうか、読書を突き詰めれば、本はこのような姿になるのか」と思った。一頁、一頁に主の時間は折られ、鉛筆の線引きで体温は刻まれる。本はより、重くなる。

 最近始めた通信販売で本の状態を表す時、「美本」と表記するかどうか迷うことが多い。それは、ただ新品に近い状態や、汚れの少ないことを表しているにすぎない気もしている。本には本の、在り方としての美しさもあるのではないか。元の持主が焼けないように本に巻いたブックカバーを剥ぐたびに、その人の皮膚まで剥いでいるような気持ちになったこともあった。もちろん、僕も商売であるので淡々粛々と古本の山をさばかなくては仕事として店をこなせないが、そればかりだと味気ない。薄くパラフィンのかかった古い岩波文庫など、見ようによっては琥珀色の輝きをもっている。古本屋では忌み嫌われる文学全集(個人全集ではなく、日本文学全集などの類。かつては各家庭に一セットはあったようで、度々出会うものの、殆ど値段がつかない)も、しかと見つめれば装丁が恐ろしいほどに凝っている。函に収められているのは宝石ではなく、言葉だ。

 専門特化した品揃えではなく、あくまで町の古本屋として店を構えていると、本と共にその人の人生までもが四方八方からやってくる。僕はその本の誇り(埃)にまみれながら、次の人生へと繋ぎ、明日の自分の酒へ繋ぐ。

  • そらまめくんのベッド (こどものとも傑作集)
  • 『そらまめくんのベッド (こどものとも傑作集)』
    なかや みわ,なかや みわ
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    909円(税込)
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  • 14ひきのひっこし (14ひきのシリーズ)
  • 『14ひきのひっこし (14ひきのシリーズ)』
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  • 14ひきのシリーズ 12冊セット(全12巻)
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  • 思想をつむぐ人たち ---鶴見俊輔コレクション1 (河出文庫)
  • 『思想をつむぐ人たち ---鶴見俊輔コレクション1 (河出文庫)』
    鶴見 俊輔,黒川 創
    河出書房新社
    1,430円(税込)
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