第16回 オウム真理教研究で知られる気鋭の宗教学者に聞く――「実はマインドコントロール理論の方が陰謀論ってホントですか?」②

海外のアカデミズムでマインドコントロール理論は"陰謀論を生み出す疑似科学"!?

 オウム真理教の研究でも知られる気鋭の宗教学者、大田俊寛さんとは、ご自宅の最寄り駅のファミレスでお会いしました。

 大田さんは、非常に物腰の柔らかい紳士的な方でした。同じ年ということもあってすぐに打ち解けて、本連載への協力を快諾いただきました。そこでまずは、私がこれまでの取材で感じるようになった「マインドコントロールへの疑念」を伝えると、大田さんから耳を疑うような回答が返ってきました。

 

「窪田さんの違和感はもっともだと思いますよ。海外のアカデミズムでは、マインドコントロール理論は"陰謀論を生み出す疑似科学"として扱われていますからね」

 

 一瞬、何を言っているのか理解することができず、思わず聞き返してしまいました。

 

「ええっと......すいません、陰謀論者がマインドコントロールされているという話ではなく、マインドコントロールというもの自体が......」 

「科学的根拠のない陰謀論として認識されているということです」

 

 しっかりとした口調でそのように断言した大田さんによれば、2003年に公刊されたピーター・ナイト編『Conspiracy Theories in American History: An Encyclopedia』(アメリカ史における陰謀論百科事典)という有名な本があり、そこで「マインドコントロール」という概念は、代表的な陰謀論のひとつとして分類されているそうです。

 驚きましたが、ただ、実はこのような話を初めて聞いたわけではありません。これまで私は旧統一教会や「カルト宗教」と呼ばれる団体の人々に話を聞いてきましたが、そこでは自分たちはマインドコントロールなど受けていないし、そもそも世界的に見ると、マインドコントロールなどというものは存在しない、という反論をよく聞いていたのです。

 この連載の最初に、西田教授にインタビューをして、そのような主張について見解を尋ねたところ、マインドコントロールをめぐる議論には結論が出ていないことを認めて、こんなことをおっしゃっていました。

 

「断定はできませんよ、何もかも証明には多くのデータが必要ですから」

 

 そう、「マインドコントロールの専門家」である西田公昭教授でさえ、このような慎重なもの言いをされているということは、マインドコントロールというものについては、否定派と肯定派の間でバチバチの議論が行われている真っ只中ということなのではないか。つまり、大田さんがおっしゃっている「科学的根拠のない陰謀論」というのは、あくまで否定派の研究者側の意見にすぎないのではないかと私は考えました。そして、そんな疑問を投げかけると、大田さんは静かに首を振りました。

 

「いえ、私の知る限り、世界のアカデミズムにおいて、マインドコントロールをめぐって今でも盛んに議論されている、という事実は見当たりません。欧米では1970年代から90年代にかけて、洗脳やマインドコントロールについて集中的に検証が行われ、大枠としては、そのような技術は存在しない、という結論に落ち着きました。もちろん"心理的影響関係"というのは日常的に成立していることですので、曖昧な意味合いで洗脳やマインドコントロールと言いたくなってしまう気持ちは分かります。とはいえ、他人の意識を消去したり一方的に操作したりするような科学的技術は、明確には存在しないということです。同様に、"マインドコントロールされている人"と"されていない人"を区別できるような科学的基準も存在しません」

 

 あまりの"ダメ出しっぷり"に若干戸惑っていると、大田さんが本連載記事をプリントしたものを出して言いました。

西田教授と異なる大田氏の「MKウルトラ」に対する見解

「今回、取材を受けるにあたって、窪田さんが西田教授にインタビューした回を拝読させていただきました。率直に言えば私は、マインドコントロール理論をナンセンスで有害と考えていますので、首をひねる箇所は多々ありましたが、中でも一番引っかかったのは"MKウルトラ"のくだりです」

 

MKウルトラ」とは、西田教授が洗脳やマインドコントロールの歴史、成り立ちを私に解説してくれた際に登場をした「洗脳実験」のことです。

 

《――その例として、西田教授は「MKウルトラ」を挙げられました。これは1953年からCIA(アメリカ中央情報局)とタビストック人間関係研究所が秘密裏におこなっていた洗脳実験プロジェクトで、幻覚剤や電気ショックなど数々の危険な人体実験を行い、死者・廃人を多数生み出したことがわかっています》(「第3回 マインドコントロール研究の第一人者に聞く「洗脳ってなんですか?」(前編)より」)

 

「私は20253月にフランスで行われたシンポジウムに招待され、オウム真理教とMKウルトラの関係について講演しました。たまたまその準備のために、MKウルトラに関する書籍や論文を一通り読んだところだったのです。しかしそれらではどこにも"タビストック人間関係研究所"について触れられていません。タビストック人間関係研究所がMKウルトラに関与していたという話は、一体どこから出てきたのでしょうか?」

「いや、しかし、この記事は公開する前に西田先生にもちゃんとご確認してもらっていますし......」

「私も詳しく知っているわけではありませんが、世界的に著名な陰謀論者の一人に、ジョン・コールマンという人物がいます。彼は"300人委員会"という闇の政府が世界を支配しているという陰謀論の主唱者であり、タビストック人間関係研究所がMKウルトラに関与し、マインドコントロール技術を開発したというのは、そこに出てくる話だと思われます。MKウルトラは、陰謀論と極めて親和性が強いテーマですので、果たして歴史的事実の話なのか、陰謀論の話なのかということは、注意して区別する必要があります」

"スタンフォード監獄実験"は捏造か

 日本では国会で旧統一教会問題を論じられる時にも当たり前のように使われる「マインドコントロール」という概念が、実は「ディープステート」とそれほど変わらない話だということに私が衝撃を受けていると、大田さんはこんな質問をしてきました。

 

「窪田さんは、西田教授のマインドコントロール理論の根拠のひとつとなっている"スタンフォード監獄実験"というのをご存知ですか?」

「ええ、もちろん。西田先生の本にも紹介されていました」

 

 スタンフォード監獄実験とは1971年、米スタンフォード大学で心理学者フィリップ・ジンバルドーの指導のもとで行われた心理実験のことです。新聞広告で集められた50人の男性を、刑務所の看守役と囚人役のグループに分けて、大学の地下につくった模擬刑務所に1週間滞在させたところ、実験開始直後から「看守」が「囚人」に懲罰を与えだし、ひどい虐待も始まったということで「実験中止」に追い込まれたそうです。

 人は権威に弱く、精神的に追い込まれるといとも簡単に「支配」されてしまうという、マインドコントロールの恐ろしさを示す「科学的根拠」とされたこの実験は、フィリップ・ジンバルドーの名を学界に知らしめ、世界中の大学の心理学部の講義で「教材」として扱われることになりました。映画化などもされているので、ご存知の方も多いでしょう。

 

「現在の世界ではむしろ、スタンフォード監獄実験が捏造であったという話題が盛り上がっているのです」

 

 大田さんによれば、監獄実験に対する疑問は早くから提起されていたのですが、大きな転機となったのは2019年、社会科学者で映画監督でもあるティボー・ル・テクシエが「スタンフォード監獄実験の偽りを暴く」と題した論文を発表したことです。そこでは、ジンバルドーが直接実験に介入し、看守役に振る舞い方を指示する音声記録が残されていることが暴露されました。世界的なベストセラーとなったルトガー・ブレグマン『Humankind 希望の歴史』や、スチュアート・リッチー『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』といった書物のなかでも、この件が問題視されているそうです。

ルトガー・ブレグマン著、野中香方子翻訳『Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章』(上下巻、文藝春秋、2021年)
スチュアート・リッチー著、矢羽野薫翻訳『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』(ダイヤモンド社、2024年)

「ジンバルドー自身は、『ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』という書物のなかで監獄実験について詳しく述べており、私も一読したのですが、率直に申し上げてかなり怪しげな内容です。客観的に見れば、監獄実験は失敗だったとしか言いようがないと思われるのに、ジンバルドーは詭弁めいた論理を繰り広げながら、あたかも画期的な発見があったかのように叙述を進めています。現在ジンバルドーの業績には疑惑の目が向けられており、彼に師事した西田教授にとっても他人事ではないはずです。マインドコントロール理論の確立に向けた議論が行われているどころか、その土台となってきた実験社会心理学の信頼性が根本的に揺らいでいる、というのが実情でしょう」

 

 アカデミックの世界で、このような「研究不正」がなされた実験に、科学的価値がないということは言うまでもありません。そうなれば、スタンフォード監獄実験を論拠のひとつとしている「マインドコントロール」の科学的根拠もかなり怪しくなってきてしまいます。

「私はマインドコントロールというのは科学的なメソッドではなく幻想だと思っていて、"マインドコントロール幻想"と呼んでいるんです」

 

 西田教授は、マインドコントロールというのは社会にあふれかえっているものだと説明しました。しかし、目の前にいる大田さんは海外の論文などをもとに「幻想」であるとバッサリと切り捨てる。私の頭は混乱する一方で、もし大田さんの言うように「幻想」であるとしたら、その正体は一体なんなのか、という興味がわきました。

 世界的には陰謀論扱いの「マインドコントロール」は、日本ではしっかりと市民権を得ていて、国会でも論じられ、「マインドコントロールの被害者救済のための法案をつくれ」という動きもあります。また、社会の中で異質な存在、一般常識とかけ離れた主張をする団体は「洗脳された」「マインドコントロールされた」という言葉を批判的に浴びせられます。私に対しても「こいつは旧統一教会にマインドコントロールされたライター」などと攻撃をしてくる人は少なくありません。単なる「幻想」であるはずなのに、この社会でしっかりと受け入れられており、特定の人々に対しては、人格を否定して、社会的評価を貶める有効な「武器」としてかなり重宝されているのです。

 そこで次回は大田さんに「マインドコントロール幻想」についてより詳しくお伺いするとともに、なぜ日本人がこの「幻想」に取り憑かれてしまったのかを解説していただきたいと思います。  (③に続く)