第13回 現存最古のサーバーで注がれる、伝説の生ビール。(後編)
さて、お客さんたちは続々と来店。
16時10分頃にスーツ姿の男性ひとり客がカウンター席に着席し、マルエフとメンチカツを注文。と同時に、1組のご夫妻とそのご友人の男性1人の3人組があたしの右隣に着席。カウンター席をご指定での来店だ。奥様が初ビアライゼのご様子で、夫の方が、メニューのことなどをさまざまにご指南されていらっしゃる。そして3人揃ってマルエフを注文。
すう~っと呑まれた奥様の第一声、
「はぁ............。美味しい」
この一言が、ビアライゼの全てを集約していると言ってもいい。
初めての店で緊張されていらっしゃった様子もすぐさま解けて、
「お疲れ生です」
にこりとおっしゃる奥様。なんてチャーミングな方だろう。
そこへ、常連さんらしき連れの男性が刺身盛り合わせを注文される。
「今日はね、鰹はないんですよ。
この方ね、鰹偏愛者。悶えるほどの鰹好き」
と、その男性客のことを称される松尾さん。それに呼応するように、男性客が連れのご夫妻にここの刺身の旨さについて語り始める。
「松尾さんが修業を積まれた『灘コロンビア』というビア酒場がありましてね......」。
ちょうどあたしがたった今、松尾さんから聞かせていただいたエピソードがそのままトレースされたように語られていく。


ビアホールといえば、ザワークラウトにソーセージ。そんなイメージで「ビアライゼ'98」に足を運んだ初めての日、刺身を筆頭に魚料理も豊富にラインナップされていたのが非常に心に刺さった。まるで日本酒酒場みたいだなぁと。その印象を松尾さんに伝えると、
「灘コロンビア時代、新井さんが築地に食材を買い出しに行っていたんです。バイクのスーパーカブにトロ函を2つくくりつけて。で、本人が喫茶店でコーヒーを飲んでいる間に、魚河岸の人が、勝手に魚をどんどん入れていっていたんです(笑)」
日本酒を出す酒場「灘ホール」が起源のお店ということもあり、魚には元来馴染みがあったのだろう。さらに教えてくれる。
「魚河岸の人たちはディスカウントをしてくれてはいましたが、さまざまな魚種が毎回交じってくるので、調理をする人間としては苦労をするわけですよ(笑)」
18歳から調理場も請け負うようになった松尾さん、そこで魚仕事も覚えた。だから今でもそれを踏襲し、当時付き合いのあった卸から魚を仕入れていらっしゃるのだそう。
「豆あじのフライにレモンをギュッと絞ったやつなんて、ビールに合いますよ」
あぁ、ますます喉が鳴る。
そんなエピソードをそっくりそのまま語られる常連男性。「ビアライゼ'98」の伝道師だ。
話に耳を傾けながらもぐいぐいと呑み継がれる夫婦客。奥様がウルケルをオーダーされると、松尾さんが敢えて泡を多めに注がれる。これにはこんな理由があるのだ。
「ビールってなんで泡があると思います?」
改めて聞かれると即答ができない。
「泡の正体はなんだろうって突き詰めていけば、ビールを美味しく注げるって新井さんはおっしゃっていたんです」
そして16世紀にバイエルン公ヴィルヘルム4世が発布したというビール純粋令から解説を始める松尾さん。その様は、まさに新井さんが降臨したよう。そして実際に味わった方が理解できるからと、泡を楽しむための呑み方「ミルコ」スタイルでウルケルを注いでくださった。
もっちりたっぷりと注がれた泡からはホップ由来の苦味が感じられる。と同時に、わずかな液体部分から口中に広がるハチミツのような豊かな甘みも際立つ。

「そう。泡は、液体部分に溶け込んでいる大麦の甘みを感じるための装置でもあるわけです」
この泡をとても大切に考えていたのが新井さんで、
「腰のある泡、腰がない泡」と表現をされていたのだそう。
その泡を感じてもらうために、敢えて泡多めのウルケルを注がれたのだった。
「泡まで美味しい!」
驚きの声を上げられる奥様。
泡はもっちりとしながらも、ストンと胃袋に落ちていって、お腹が張らない。
「ヴァイタートリンケンというドイツ語があるのですが、何杯呑んでも呑み飽きないという意味です。これは、ドイツ帰りの方が、新井さんに教えてくれた言葉でもあるんですが、新井さんの注ぎ方は、まさにこれを実現したものだったんですね」
さらに続けられた言葉がこれまたあたしには響いた。
「そもそもね、胃袋で捕まえられるようなビールを注いでしまったら飲食店としては失格。お料理はね、どんなに美味しくても同じものを2回も3回もお代わりできないけれども、ビールは美味しければ1杯から2杯、3杯と重ねられるわけですよ。700円のビールを3杯呑んでもらえれば2100円、でも雑に注いだら700円で終わっちゃうでしょ」
さすがご商売をされている方だけはある。職人でいるだけではないところが、いち早く生ビールを導入された新井さんにも通じる。こういうところでも新井イズムを継承されているのだ。すごい。
さて、どのお客さんたちも共通でマルエフと共に注文をしている料理がある。「メンチカツ」だ。「ビアライゼ'98」の代表的料理といってもいい。
ひとり呑みゆえに、小サイズを頼んだのだが、十分すぎるほどのボリューム。ナイフを差し入れると、サクリとした感触が伝わってくる。そして肉が満ち満ちに詰まっており、肉汁もたっぷり。ブラウンソースの旨味とも相まって、ビールが進んでしょうがない。

隣り合ったお客さんたちに追随するように刺身の盛り合わせも注文。ふっくら身厚で炙った香ばしさも纏ったサワラと脂の乗りもいい鯵の二種盛りだ。特に仏手柑をギュッと絞っていただく鯵の刺身は、まさに夏の味。ビアホールとは思えないほどの鮮度の良さだ。
箸休めにいただいた「ビール仕込きゅうりのみそ漬け」も青々しくて瑞々しい。板摺をしたきゅうりを味噌漬けにしてあるのだが、その漬床にはビールも入れてあるのだそう。
「チキンを漬け込むのにもビールを活用してますよ。肉質が柔らかくなるし、ビールは栄養的にも優れているから捨てるところなしです」
ビール愛がすごい。


さらにもう一杯、とメニューを眺めると見慣れない単語が目に飛び込んできた。「ワンサード」だ。マルエフ2に対して黒生が1の割合で仕立てられたビール。松尾さんが考案された呑み方だという。
「コロナ禍で発売されたマルエフの黒生缶ビールが苦戦をしていたんですね。そこで、家呑みでも黒生に親しんでもらえるように、いく種類か呑み方をアサヒさんに提案したんです。そのひとつがワンサード。マルエフ1缶、黒生1缶の計2缶さえあれば、マルエフ2対黒生1、その逆のマルエフ1対黒生2の2パターンを楽しめる。そんな発想での提案でした」
さらに、
「黒ビールはやっぱりご家庭ではなかなか馴染みがないから、ハーフ&ハーフよりもマルエフの割合が多い方がとっかかりとしてはいいかなと思ってのワンサード考案です」
確かに、ハーフ&ハーフよりもスムースな呑み心地にして、後味にちゃんと黒ビールらしいコクが広がる。技ありの割り方だ。

さて、そろそろ締めにしようか。最後は、やっぱりマルエフで。松尾さん自ら注いでくださったものを、しっかりと味わってお会計。
その間にも、松尾さんは初めてご来店の別のお客さんにも懇切丁寧にビールのおいしさの理由を説明されていらっしゃる。
なんて深い愛をお持ちの方なんだろう。松尾さんに注がれるビールは、幸せものだ。
店名 |
BIER REISE(ビアライゼ)'98 |
住所 |
東京都港区新橋2-3-4 新橋パークビル1F |
電話番号 |
03-5512-5858 |
営業時間 |
月~金:16:00~22:30(L.O. 22:00) 第1・3・5土:16:00~21:00(L.O. 20:30) |
定休日 |
日・祝日、第2・4土 |
アクセス |
各線新橋駅から徒歩3分 都営線三田線内幸町駅から徒歩3分 |
※営業時間・休日は変更となる場合があります
※メニューは時期などによって替わる場合があります。