1月6日(水)書評家4人の2020年解説文庫リスト

〔大森望〕

1月『機巧のイヴ 帝都浪漫篇』乾緑郎(新潮文庫)
  『ペニス』津原泰水(ハヤカワ文庫JA)
2月『ぼくとおれ』朝倉かすみ(実業之日本社文庫/『地図とスイッチ』改題)
  『2010年代SF傑作選』大森望・伴名練編(ハヤカワ文庫JA※編者解説)
3月『アイドル 地下にうごめく星』渡辺優(集英社文庫)
6月「推しの三原則」進藤尚典(ゲンロンSF文庫※電子書籍)
  「枝角の冠」琴柱遥(ゲンロンSF文庫※電子書籍)
  『三体Ⅱ 黒暗森林』劉慈欣(早川書房※訳者解説)
7月『オクトローグ 酉島伝法作品集成』酉島伝法(早川書房※単行本)
  『ベストSF2020』大森望編(竹書房文庫※編者解説)
11月『トランスヒューマン ガンマ線バースト童話集』三方行成(ハヤカワ文庫JA)

「ひとこと」
 11本のうち、編者解説や訳者解説、単行本や電子書籍を除いて、純粋な「文庫解説」に限定すると、たった5本しかない。とくに2020年の後半は、開店休業どころか閉店ガラガラ状態だったんですが、これはべつだんコロナ禍における東京都の休業要請に応じたからではなく、たんに受注がなかったから。数少ない注文も、ひたすら《三体》三部作を翻訳していることを理由に何件か断ってしまい、結果的にますます数が減って、この20年くらいでたぶん自己最少本数を記録。この解説文庫リストのアンケートもぼちぼちクビになるんじゃないかと心配ですが、2021年は営業再開を目指したいと思っております。本年もよろしく。


[杉江松恋]

2月『警部ヴィスティング カタリナ・コード』ヨルン・リーエル・ホルスト/中谷友紀子訳(小学館文庫)
  『動物たちのまーまー』一條次郎(新潮文庫)
  『AX』伊坂幸太郎(角川文庫)
  『ザ・チェーン 連鎖誘拐』エイドリアン・マッキンティ/鈴木恵訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
3月『人魚の石』田辺青蛙(徳間文庫)
  『オブリヴィオン』遠田潤子(光文社文庫)
4月『息子と狩猟に』服部文祥(新潮文庫)
  『ハーリー・クィンの事件簿』アガサ・クリスティ/山田順子訳(創元推理文庫)
  『バスを待つ男』西村健(実業之日本社文庫)
  『悪の血』草凪優(祥伝社文庫)
6月『祈り』伊岡瞬(文春文庫)
7月『恍惚病棟』山田正紀(祥伝社文庫)
8月『笑う死体 マンチェスター市警エイダン・ウェイツ』ジョセフ・ノックス/池田真紀子訳 (新潮文庫)
9月『娘を呑んだ道』スティーナ・ジャクソン/田口俊樹訳(小学館文庫)
  『編集ども集まれ!』藤野千夜(双葉文庫)
  『作家の秘められた人生』ギョーム・ミュッソ/吉田恒雄訳(集英社文庫)
  『シカゴ・ブルース』フレドリック・ブラウン/高山真由美訳(創元推理文庫)
  『老いた男』トマス・ペリー/渡辺義久訳(ハヤカワ文庫NV)
10月『笑え、シャイロック』中山七里(角川文庫)
11月『乗りかかった船』瀧羽麻子(光文社文庫)
  『コロッサスの鉤爪』貴志祐介(角川文庫)
  『ファントム 亡霊の罠』ジョー・ネスボ/戸田裕之訳(集英社文庫)
  『つけ狙う者』ラーシュ・ケプレル/染田屋茂(扶桑社ミステリー)

「ひとこと」
 新型コロナ・ウイルスの影響はそれほど受けていないつもりでいたのだけど、振り返ってみると自粛期間の影響が出ているのがよくわかる。6〜8月に出た本が少ないのだ。もちろんその間にも原稿は書いているわけだが、9月になってどばっと刊行されている。

 2019年に書いた解説は17本、2020年は23本で増加傾向にある。いつも気にしている海外作品の比率は、昨年が8/17だったのに対し、9/23とパーセンテージでは少し減った。

 23本すべて書いた解説は気に入っている。楽しかったのは『編集ども集まれ!』だろう。これは「信用できない語り手」小説に入る作品で、中盤以降で言及される事実に触れないと解説の意味をなさなくなる。しかしそれはネタばらしになるわけで、もどかしいところを文章でなんとか切り抜けたつもりだ。行数が足りなくなって、最後は外科手術みたいにあっちを切り、こっちを切りと調整してなんとか収めた。書き始め、書き終わったところで終わる、というやり方でいつもやっているので、字数を切り詰めることはほとんどなく、珍しい経験になった。

 楽しいと同時に苦しかったのは『乗りかかった船』で、作中で語られていることが勤め人時代に熟知している業務だったせいで、つい自分語りをしそうになって困った。自制して自制して、何とか黒子でいることに成功したのでこれも思い出深い。

 海外作品では『ハーリー・クインの事件簿』と『シカゴ・ブルース』が忘れ難い本になった。両方とも書誌の調査に時間がかかり、編集者を焦らせたのである。あ、同じ版元か。その節はすみませんでした。

 特に『シカゴ・ブルース』は、絶対に必要なはずなのに今から外国の本屋に注文していたら間に合わない、万事休すか、と諦めかけた資料が、ふと振り向いたら背後の書棚にあるのを発見してびっくりした。ちゃんと買っておいた過去の自分に感謝したが、そんな本を買ったことを失念していた過去の自分にも文句を言いたいと思う。だから本がどんどん増えていくのだ。


[池上冬樹]

1月『愛する我が祖国よ』森村誠一(中公文庫)※『サランヘヨ、北の祖国よ』改題
3月『誘鬼燈』森村誠一(集英社文庫)
  『東京クルージング』伊集院静(角川文庫)
4月『明日香さんの霊異記』高樹のぶ子(潮文庫)※『少女霊異記』(文藝春秋)改題
  『暗手』馳星周(角川文庫)
5月『もしも私が、あなただったら』白石一文(文春文庫)
6月『琥珀の夢 鳥井信治郎』伊集院静(集英社文庫)
8月『海馬の尻尾』荻原浩(光文社文庫)
9月『雨降る森の犬』馳星周(集英社文庫)
  『グッド・ドーター』カリン・スローター 田辺千幸訳(ハーパーBOOKS)
  『恋々』東山彰良(徳間文庫/※徳間文庫『さよなら的レボリューション』改題新装版・解説文追加)

「ひとこと」
 9月で終わっているのには訳がある。11月と12月刊行予定の文庫解説依頼を3冊断ったからである。ある仕事(吉村昭の短篇アンソロジー)を準備していて、とても時間がとれないと思ったからだが、結果的にその仕事は延びて(でも今年前半に2冊出ます)、11月に依頼のあったものを受けることができた(だから1月に2冊出ます)。

 いずれにしろ11冊(実際は10冊だろう)は前と比べると少ないかもしれない。しかも森村誠一、伊集院静、馳星周が各2冊なのだから、バラエティ豊かとはいえないだろう。でも自分ではとても満足しているし、とくに伊集院さんの2冊と馳星周の『暗手』(この作品はもっと評価されていい)には愛着がある。日常系のミステリを題材にした高樹作品も実にキュートで、さりげない技も光っていて、注目されていい(面白いよ!)。

 個人的にはやはり、カリン・スローターの解説を担当できたのは、評論家としては嬉しかった。なぜかミステリ・ベストテンには入らないが(どうしてだ?)、これほど凄い女性作家もいないと思う。


[北上次郎]

2月『不屈 山岳小説傑作選』(ヤマケイ文庫)
  『開かれた瞳孔』カリン.スローター/北野寿美枝訳(ハーパーBOOKS)
  『いまひとたびの』志水辰夫(新潮文庫)
3月 『パラスター Side百花/Side宝良』阿部暁子(集英社文庫)
  『球道恋々』木内昇(新潮文庫)
4月 『咲ク・ラク・ファミリア』越智月子(幻冬舎文庫)
  『母のあしおと』神田茜(集英社文庫)
6月 『骨を弔う』宇佐美まこと(小学館文庫)
7月 『南風吹く』森谷明子(光文社文庫)
  『ヘルドッグス 地獄の犬たち』深町秋生(角川文庫)

「ひとこと」
 これ以外に「色川武大・阿佐田哲也電子全集」小学館の解説を2020年は7本書いたが、文庫解説は以上の10本。このうち『いまひとたびの』は1997年に
文庫化されたものに、書き下ろし短編「今日の別れ」を足した「完全版」で、
1997年の文庫解説に、その後時代小説を書き始めるまでの軌跡の紹介を5〜6枚書いて足したもの。

『不屈』は編者解説で、『母のあしおと』は単行本が出たときに書いた書評を
巻末に載せたもの。つまり純粋な文庫解説は7本にすぎない。刊行月を見てもらえれば一目瞭然だが、8月以降はなんとゼロ。大森望には翻訳で忙しかったとの理由があるようだがわたしにはそういう理由がない。本当に注文がなかった。断ったのは1本だけ。

 暇なので、ミステリマガジンに連載の「勝手に文庫解説2」をどんどん書いてしまった。ミステリマガジンはただいま隔月刊なので、年間6冊。早めに書いた「勝手に文庫解説2」の原稿は6本。つまり2021年分はすべて書いてしまった。2021年も文庫解説の依頼が少なければ「勝手に文庫解説2」の原稿をどんどん書いていくつもりである。この原稿は1回10枚なので文庫解説とほぼ同じ。そのうちここには早めに書いた「勝手に文庫解説2」のタイトルが並ぶかも。