6月21日(月)消えた原稿

 私、いまでもワープロで原稿を書いている。ワープロで打ったものをPCに取り込んでから送稿している。もう長いこと、そのやり方なので、いまさら変えられない。
 ワープロはずいぶん前に製造中止になったけれど、その際に中古のワープロを4台買った。20年前のことである。新機種のときに40万した機種がそのときは5000円〜1万円くらいで買えた。安いなあと4台買ったのだが、これで一生もつかも、と思ったものの、だいたい5年くらいで一台消耗するので、ぴったり20年目の昨年の秋に最後のワープロがついに故障。新たに中古市場で探すと今度は一台5万。知らない間に高くなっていた。私と同様に、ワープロを求める人がいまでもいるのだ。

 で、それからは何の問題もなかったのだが、つい先日、使用していたフロッピーの読み込みが突如として出来なくなった。ちょっと待ってくれ。どうしたんだお前。フロッピーがダメになるなんて、初めてだ。
 そのフロッピーには、書いたもののまだ保存していない原稿が入っている。書評原稿が一本と、短いものが数本。さらに文庫解説が一本。まだ書き直すつもりであったので、PCに取り込んでいなかったのだ。PC関連の師匠に問い合わせると、そうなったらもう無理だというので、仕方なく、書き直すことにした。書評原稿はもう一度、本の読みなおしから始めたので時間がかかる。文庫解説もなんとか書き直した。前に何を書いたのか覚えていないので新原稿である。

 で、すべてが終わって、やれやれと思ったが、その数日後にがばっとはね起きた。まだ三本残っている!
 実は、この「何もない日々」の原稿が3本、PCに取り込まずにフロッピーに入っていた。もちろん、まだ更新していない原稿だ。それを全部打ち直すのは、いくらなんでも出来ないので、どういう原稿を書いたのか、という事実だけをここに書くことにする。

 まず、一本は、オール読物の目次に関する話である。オール読物7月号で、創刊号からの目次を見て、その歴史を振り返るという座談会に出た(お相手は、北村薫さんと戸川安宣さん)。そのために編集部から目次のコピーが山のように送られてきたのだが、その中に目を引くものがあった。
 昭和25年10月号に、菅原通済「芥川賞の殺人」というのがあったのである。
「美貌の妻と子を捨て、欧州に恋の流浪をする数奇の運命の人戸祭正直の、芥川賞由起しげ子に対する死の抗議?」
 何なんだこれ? これ以上の説明をすると長くなるので、以下は省略して書く。

『瓢箪なまづ』菅原通済/昭和25年・啓明社
『なでぎり随筆』菅原通済/同30年・高風館
『旦那の遠めがね』石黒敬七/同27年・日本出版共同
『古書彷徨』出久根達郎/1994年・中公文庫
『警視総監の笑ひ・本の話』由起しげ子/昭和27年・角川文庫

 以上の5冊を古書で購入。最後の由起しげ子の本は、5500円もしたので迷ってしまったが、なあに、競馬で負けたと思えば高くはない。この「警視総監の笑ひ」という作品が、戸祭正直(元妻が由起しげ子の姉という関係だ)をモデルにした作品で、これに抗議するために戸祭正直は鎌倉の海に入水自殺(?)したというのが、菅原通済の主張なのである。
 この5冊以外にも、川口則弘『芥川賞物語』文春文庫を調べたり(これには、由起しげ子スキャンダルが記載されていなかった)、2020年2月22日付けの日経新聞に載った出久根達郎「書物の身の上」(ここに事の経緯が書かれている)をあたったりしたが、結局真相は藪の中、というのが今回の私の結論であった。
 これだけでは何のことかわからないかもしれないが(現代の読者には、菅原通済という人物がそもそも何者なのか、という紹介から始めないとわかりにくいかもしれない)、ようするに、気になる記事について私なりに調べたという話である。
 座談会「目次で読む『オール読物』と推理小説の90年」では、この「芥川賞の殺人」については触れなかったので、ここでその経緯について書くつもりであったのである。その原稿が消えてしまったのだ。

 あと2本には、タイトルまで付けていた。それは「モンコック・カルメンふたたび」というもので、こちらは前後編の2回構成だ。
 まず前編は、第2回香港電影博のパンフレットをネットで見かけて購入するのが発端。1989年に渋谷で行われた第2回香港電影博に通ったときの話(タイガー・オン・ザ・ビートという作品で、チョウ・ユンファの足がぴゅっと伸びたときに、おお、チョウ・ユンファもカンフー・アクションをするのか、と思わず感動したときの記憶)から始まって、そのときの上映作品の中に、「モンコク・カルメン」があったこと。これが、ウォン・カーウァイの監督デビュー作であること。マギー・チャンがまだ24歳で、あどけなかったこと。ようするに前編は映画の話である。
 後編は、一転して小説の話になる。そのモンコックを舞台にした小説が書かれたこと。それが岩井圭也『水よ踊れ』という傑作小説である、とこの小説の紹介に続いていくものだ。

 オール読物7月号の発売が6月22日で、岩井圭也『水よ踊れ』の発売が6月17日なので、そのころに3本続けて更新するというのが私の計画だった。で、まだ一部は原稿に手を入れるかもしれないのでPCに保存していなかったのである。
 それが全部消えてしまった、という事実に気がついたとき,書き直そうかと一瞬だけ思ったが、それも辛いなと断念。そのいきさつをここに書くだけにした。
 6月の後半に、オール読物にちょっと面白い座談会が載ること、そのころに岩井圭也の傑作小説が発売になることを、ここに書くにとどめておく。