【今週はこれを読め! SF編】現代的テーマと多彩なSFアイデア~立原透耶編『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』
文=牧眞司
『時のきざはし 現代中華SF傑作選』につづく、立原透耶編のアンソロジー第二弾。十五作品を収録する。意識の根源、ジェンダー、環境問題、社会格差など現代的なテーマを内包しながら、物語は登場人物の感情や葛藤に沿って展開される、わかりやすい作品が多い。
顧適「生命のための詩と遠方」では、主人公たちが海洋汚染解消のため自律的なマイクロロボット群を利用する計画を提案する。必要な技術も練りあげるのだが、けっきょく計画は採用されず、その技術が時を経て......という展開だ。科学的なディテールが面白い一篇で、物語のあっさりしたテイストも良い。
宝樹「円環少女」は、パパと暮らしている娘が成長するにつれて、自分の正体とパパが隠している謎に接近していく。サスペンスの起伏とロマンスの要素が、SFならではのアイデアと緊密に結びついている。
王晋康「水星播種」では、ナノ生命技術によって水星にまったく新しい生態系がつくりだされる。途中まではジェイムズ・ブリッシュ『宇宙播種計画』を髣髴とさせる懐かしい感じだが、時代がずっと進んだ終盤の展開は読者の予想を超える。
昼温「人生を盗んだ少女」では、他人の脳波をミラーニューロンに模倣させ、簡単に知識を得ようという技術が取りあげられる。しかし、脳内の知識は切り分け可能なデータではなく、人格や思考と絡んでいる。この作品ではアイデンティティの問題と、社会階層の固定化(幼少時の生活環境で将来が決してしまう)とが、哀切な物語として前景化される。
江波「宇宙の果ての本屋」は、人類のほとんどが物体としての本を必要としなくなってからも、可能な限りすべての本を保持する巨大な書店をつづける主人公の物語。非常に長いタイムスパンにわたって書店は宇宙を移動し、危機に見舞われる。そこはかとなく寂寥感が漂う宇宙叙事詩。
韓松「仏性」は、諸行無常を感受し、輪廻からの解脱を求めるロボットの物語。宗教をテーマとしたSFはこれまでも書かれてきたが、本作はテーマにおいて哲学的本質にまで踏みこみ、表現面でもかなり攻めている。
陳楸帆「女神のG」もきわめて印象的な一篇。先天的に子宮と膣を欠落して生まれたミスGの数奇な人生を描く。ジョアンナ・ラス直系のきわめてスペキュレイティヴなフェミニズムSFであり、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「接続された女」を髣髴とさせるサイバーパンクであり、六〇年代ポップアートの匂いがするサイケデリックなポルノグラフィでもある。
(牧眞司)