【今週はこれを読め! SF編】幻燈機が映す幽霊、VRに生きる魔女〜空木春宵『感傷ファンタスマゴリィ』
文=牧眞司
2021年に刊行された『感応グラン=ギニョル』につづく、空木春宵の第二短篇集。前著は年間のSFベスト投票で上位にランクされるなど、高い評価を獲得した。目を見張るのは、文体を華麗にあやつり、独特の世界を醸しだす表現力だ。書評や紹介文では、江戸川乱歩、夢野久作、久生十蘭、谷崎潤一郎、島崎藤村などになぞらえることもしばしばだ。
文体は表層だけのことでなく、描かれる世界の本質、物語の核となるアイデアとわかちがたく結びついている。本書に収められた五篇を読めば、作品ごとに語彙や語り口が効果的に調整されていることがわかるだろう。
表題作では、19世紀末のパリを舞台に、亡くなった人の姿を活き活きと映しだす幽霊幻燈機(ファンタスコープ)をめぐる数奇な因縁が語られる。主人公は、幻燈機の心臓部である硝子板の職人ノアだ。ノアはたんに手先仕事ではなく、特異な共感能力をもって故人をトレースする。いわば、自らのうちに他者のアイデンティティを映しだすのだ。新たな依頼者は、鏡だらけの奇妙な屋敷で暮らすマルグリット。五年前に亡くなった妹を甦らせたいという。
この作品がみごとなのは、時代設定が絶妙なところで、迷信的世界観から手探りの精神医学へ移行しつつある雰囲気をうまく捉えている。また、幻燈見世物が廃れて映画が勃興する時期でもあり、消費流行が遊歩の商店街(パサージュ)から聖堂めいた百貨店(グラン・マガザン)へと転換する時期でもある。そうした端境期ならではの混乱・頽廃・活気が、ノアと依頼者姉妹との戦慄の関係を彩っていく。
「さよならも言えない」では、人類が入植した星系〈アマテラス〉を舞台に、高度に発展した衣装文化が描かれる。"人は何よりもまず服によって作られる"が根本であり、各自の装いのセンスは常時〈拡張現実〉内で総合的に計られる。そのスコアによって、社会的ステイタスが決定するのだ。衣裳哲学の啓蒙をおこなう〈服飾局〉に勤務する主人公ミドリ・ジィアンは、ある日、クラブで、途轍もない低いスコアの娘ジェリーに遭遇する。その存在自体が反社会的といえるほどだが、彼女自身は平然としている。
ミドリはジェリーとのやりとりのなか、その昔に絶えず感じていた「自分が自分と一致していない」気持ちを思いだす。やがてふたりは縺れあうように、それぞれの人生の軌道を変えていく。多様性(ダイバーシティ)の本質を問い直す、異色のディストピアSFであり、苦い青春小説でもある。
「4W/Working With Wounded Women」は、物理的にも社会的にも二重構造になった都市の物語で、下の街の住民は上の街の誰かと強制的に〈冥婚相手(フィアンセ)〉になる。上の誰かが負傷すれば、それは下の相手に〈転瑕(てんか)〉される仕組みだ。〈転瑕〉は量子的に瞬時におこるため、上は平生のままで、下は突然に怪我と苦痛が降ってくる。ジャンクに満ちた下の街の描写がすさまじいノワールSFだ。また、移民の扱いや経済的格差の固定化など、現実世界が直面している問題が、生々しく反映されている。
「終景累ヶ辻(しゅうけいかさねがつじ)」は、時間SFアンソロジー『時を歩く』が初出。三遊亭円朝の『真景累ヶ淵』(江戸時代から伝わる説話が元)をはじめ、いくつもの怪談をパロディ/パッチワークにした作品。反復しつつズレていく時間構造のなか、死してなお晴れぬ情念が綴られる。
「ウィッチクラフト≠マレフィキウム」は、VR空間においてひとびとにヒーリングを提供し、ゆるやかに連帯する現代の魔女たちと、それに反発して〈騎士団〉を名乗り、魔女狩りをおこなうミソジニストたちとの葛藤を描く。現代のSNSのありさまをほぼストレートに反映しているが、語りの構造に仕掛けがあるのがポイント。結末においてミステリ的なサプライズとともに、現状批判を超えた展望を示す。
(牧眞司)