【今週はこれを読め! SF編】いつもここに幽霊がいる〜ケヴィン・ブロックマイヤー『いろいろな幽霊』

文=牧眞司

  • いろいろな幽霊 (海外文学セレクション)
  • 『いろいろな幽霊 (海外文学セレクション)』
    ケヴィン・ブロックマイヤー,市田 泉
    東京創元社
    2,640円(税込)
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 ブロックマイヤーは1997年に、イタロ・カルヴィーノ賞を受賞してデビューした。これまで日本へは、死者の世界を描いた長篇『第七階層からの眺め』、奇想に満ちた短篇集『終わりの街の終わり』が紹介されている。本書は、そのタイトルどおり、幽霊を題材とした百本の超短篇で構成されている。

 幽霊といっても、死後の存在、もしくはオバケ的なものだけとは限らない。巨大なものでは、宇宙そのものの幽霊(第36話「暗黒は震えつつ通り過ぎた」)もあれば、小さなものでは精子の幽霊(第69話「アポストロフィ」)もある。音楽の幽霊(第52話「かくもたくさんの歌」)や、生まれる何世紀も前に幽霊になった男(第29話「ヒメハヤ」)などという、わけのわからない設定もある。空間を瞬時に出入りできるようになったスーパーヒーロー(第32話「ファンタズム対スタチュー」)にいたっては、それを幽霊と呼んでよいのかと首をひねる。日本語の「幽霊」という字面にとらわれず、原語のGhostで考えればイメージされる範囲は広がるかもしれない。

 幽霊の設定だけではなく、物語のなりゆきも奇妙なものばかりだ。

 第4話「マイロ・クレイン」では、帰宅途中の若者が、老人に声をかけられ、署名してくれと頼まれる。「マイロ・クレインを錯乱させるための請願書」だというのだ。えっ、"錯乱させる"ってどういうこと? それ以上に驚いたのは、マイロ・クレインは自分の名前ではないか! 老人はつづけて「ご承知のとおり、幽霊、妖怪、悪鬼といった連中は、この措置に大賛成しておりますが......」と言い募る。

 第81話「困惑の元」では、女たちが赤ん坊ではなく幽霊を生むようになってしまう。誕生にまつわる"命はどこから来るの?"という謎が、かつては死者に関する謎だった"命はどこへいくの?"とごっちゃになり、世の中はすっかり変わっていく。

 なかなか幽霊が出てこない話もある。第6話「きのうの長い連なり」では、1987年3月3日の夕方、銀行の頭取が執務室の窓辺で、風景を見ながら退屈と変化のなさに打ちのめされている。人生のこの瞬間は、八度目の、あるいは十九度目の反復なのだ。1987年3月3日という瞬間に問題があるわけではなく、ほかの人生のどの時点も同じように倦怠に満ちている。時間ループものとも言えなくはないが、印象はむしろ不条理小説だ。寂寞たる結末が尾を引く。

 全百篇のなかで、私がもっとも惹かれたのは、第11話「どんなにささやかな一瞬であれ」だ。ぼんやり者の幽霊が、取り憑いている家のなかで曲がる角をまちがえ、家の外へとさまよいでてしまう。迷子になった幽霊と、ホットドッグ売りの老人の、ほんのつかのまの交流の物語だ。淡い情緒性が立ちあがり、哲学的な思惟にさえ誘われる一篇。

(牧眞司)

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