【今週はこれを読め! SF編】ゆるい配信で途轍もない超科学をお届けします〜宮澤伊織『ときときチャンネル ない天気作ってみた』
文=牧眞司
超科学+配信という新しいタイプのハードSF連作「ときときチャンネル」の、単行本第二弾。2023年刊の一冊目『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』は好評を博し、先日、文庫化されたばかりだ。
十時(ととき)さくらは、インターネットの動画共有プラットフォームを利用し、ライブ配信「ときときチャンネル」を運営している。コンテンツは、同居人であるマッドサイエンティスト・多田羅未貴(たたらみき)による、ぶっ飛んだ研究と発明品だ。もっとも、多田羅自身は配信することに積極的ではなく、そもそもインターネットをバカにしている。その投げやりな姿勢が、また、チャンネル登録者(つまり常連)にウケてしまう。
ノリが良く回転が早いさくら、天才科学者にして塩対応の多田羅、ツッコミ職人の常連たち。そのやりとりが、そのまま記述され、各エピソードが形成される。雰囲気はゆるゆる、しかし妙にテンポが良いのが、この連作の持ち味だ。
小説表現としては、地の文がさくらのしゃべりで、そこに「 」書きで多田羅のセリフが入る。そして、チャンネル登録者のコメントは〈 〉で示される。読んでいるほうは、それですんなりと頭に入ってくるのだ。宮澤伊織の文章センスの勝利である。
本書に収録されているのは、つぎの五篇。
「#7【電気DIYしたら気持ち悪いことになった】」
「#8【ない天気作ってみた】」
「#9【高次元で収益化してみた】」
「#10【ブラックホールで手首鍛えてみた】」
「#11【宇宙からの荒らしとバトってみた】」
#で示された数字は、前巻からつづくエピソード(つまり配信回)の通し番号だ。
各話に登場する超科学アイデアの数々は、SFファンの心をくすぐるという意味で、きわめてレベルが高い。ラリイ・ニーヴン《ノウン・スペース》シリーズのガジェットを、現代風にブラッシュアップした感じだ。つまり、グレッグ・イーガンやテット・チャンに寄っている。しかし、認識論や存在論といった哲学の方向へは踏みこまないので、軽快なユーモアSFとして安心して読める。
たとえば、「#7【電気DIYしたら気持ち悪いことになった】」では、宇宙背景放射発電という発想がシレっと述べられるし、「#10【ブラックホールで手首鍛えてみた】」では、マイクロブラックホールを安定して封じこめる超静水(液体なのに分子配列が秩序的)なんていうものも出てくる。
これら多田羅の発明は、彼女がたまたま見つけた超高次元エネルギーネットワーク《インターネット3》のなかにあったデータによるところが多い。つまり、人類が及ばない高度な異文明が構築している情報網に無断アクセスしているわけだ。
ジョン・ヴァーリイ《八世界》シリーズにおいて、地球に住めなくなった人類は、太陽系外縁をかすめる超タイトビーム(異星文明に由来すると考えられる)「へびつかい座ホットライン」から超科学のデータを得て、繁栄を享受していた。
多田羅がやっているのは、それのインターネット版である。
《インターネット3》には、外部から隔絶した環境を提供するシミュレーターもあり、多田羅はこれを使って、発明品の実験をおこなっている。つまり、リアル世界で実験するのはあまりに危険な発明品ということだ。
ところが、「#8【ない天気作ってみた】」の終盤において、突如、シミュレーターが使えなくなってしまう。未知の高次元知性体が「ときときチャンネル」へ送ってきたメッセージには、《サンプルは終わり、課金の時代が始まった》とあった(他のチャンネル登録者とは違い、この存在からのコメントは《 》書きだ)。
えっ、どゆこと? たちまち、常連たちがわいわいとツッコミを入れまくる。結局、これからは無料ではシミュレーターを使えない。しかし、《インターネット3》での課金はどうやればいい? そもそも、相手は、人類とまったく違う経済体系を持った知性体ではないか。もう大騒動である。その顛末が「#9【高次元で収益化してみた】」だ。
考えてみれば、これが人類にとってファーストコンタクトなわけで、なんともグダグダな形ではじまったことになる。しかし、さくらが例によってあっけらかんと、超科学的な(多世界解釈/観測問題にかかわるような)解決をおこなってしまう。このあたりは、ぜひ、実際に作品を読んで、その妙味を確かめていただきたい。本書の白眉のひとつです。
そして、「#11【宇宙からの荒らしとバトってみた】」では、さらなる《インターネット3》の危険が降りかかる。「ときときチャンネル」の実況中に発生した重力波を、敵対的行為だと解釈した《インターネット3》のリスナーが、時空剪断攻撃を仕掛けてきたのだ。さくらと多田羅、そしてチャンネル登録者たちは、時間ループに囚われてしまう。繰り返し巻き戻されながら、なんだか、これは前に体験したことがあるぞと気づく。ベテランSF読者なら、リチャード・R・スミス「退屈の檻」(旧訳題「倦怠の檻」)や、フィリップ・K・ディック「時間飛行士へのささやかな贈物」を思いだすだろう。しかし、そこはあくまでポジティヴなさくらと多田羅、不条理SFの陰鬱な展開にならない。《涼宮ハルヒ》シリーズの「エンドレスエイト」から湿度のある情緒を抜き、ぐんとギア比を高めた感じだ。
(牧眞司)



