【今週はこれを読め! SF編】見知らぬ町の深部、わが意識の奥底〜酉島伝法『無常商店街』

文=牧眞司

  • 無常商店街 (創元日本SF叢書)
  • 『無常商店街 (創元日本SF叢書)』
    酉島 伝法
    東京創元社
    1,870円(税込)
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 酉島伝法の新作。ぱっと見には平凡な町、しかし、その深部は異貌の境地。そんなところにうっかり入りこんでしまった主人公の身に降りかかる災難を描く三篇の連作である。

 主人公というのは宮原聡、独身の翻訳家だ。常識的な感性の人物だが、彼には環地域調査研究所に所属する姉(調査のために各地を転々としている)がいて、この姉のために厄介に巻きこまれてしまう。

 第一作「無常商店街」では、姉から猫の世話を頼まれ、宮原は浮図市掌紋町(もとししょうもんちょう)にあるアパート、仏眼荘(ぶつがんそう)へと赴く。はじめて訪れる町だ。姉からはこの町の無常商店街には行かないようにと忠告されていた。

 掌紋町はその名のとおり、地理がほぼ右手の手相と対応しており、親指の関節部分が仏眼荘、生命線が鉄道高架、頭脳線が国道にあたる。無常商店街は、生命線と頭脳線に囲まれた一帯だ。姉の忠告にもかかわらず、宮原は書店を探しているうち、無常商店街へ踏みいってしまう。どこにでもあるような雑多な町並みがつづいているが、いままで歩いてきた道を引きかえそうとすると、見覚えのあるところには出ない。立ち止まるたびに、背後で道が分岐しているような気がしてくる。スマホで地図を開いても現在地が表示されないし、歩いている人に道を訊ねても思ったようなところにたどりつかない。えんえんと商店街がつづき、琺瑯看板には「秋巾木」「不滅がまち」「フルーツ灌頂」「伊能ケンピ」「増減コロバス教室」などと、わかるようなわからないような文字が記されている。すれちがいざまに、町のひとたちが交わす言葉が聞こえてくることもあるが、断片的であまり意味をなさない。

 見知らぬ町で道に迷う。不安と魅惑が混交するテーマで、文学作品としてはハンガリー作家カリンティ・フェレンツの『エペペ』(本書巻末に収録の「特別対談 カシワイ×酉島伝法」で酉島さんも題名をあげている)が、まず思い浮かぶ。「無常商店街」の場合、ごちゃごちゃとした商店街というのがポイントで、だれもが記憶のなかに、そういう迷路じみた町並みを抱えているのではないか。

 商店街を抜けだそうとする宮原は、あがけばあがくほど商店街の深部へとはまりこんでいき、町の景観も言葉もどんどん異様化していく。筒井康隆や吾妻ひでおを彷彿とさせるシュールな世界だ。

 第二作「蓋互山(ふたごやま)、葢互山(ふたごやま)」では、宮原は姉の強引な依頼を断れず、不束(ふつつか)市の蓋互山へ調査に赴く。同行するのは、「無常商店街」にも登場した、特殊技能を持つ詐欺師の柳井だ。宮原は柳井に一度酷い目に遭っているので警戒しているのだが、だんだん相棒のような感じになっていく。柳井はこの連作における、名バイプレイヤーである。蓋互山では、世界がもうひとつの世界と二重写しになる現象に見舞われる。

 第三作「野辺浜の送り火」では、宮原は姉に急き立てられるままに、海辺にある野辺浜通商店街に出向く。そこでは奇妙な葬儀がおこなわれていた。この町では、葬儀によって隣接する世界とのバランスを安定させてきたのだが、最近になってそのバランスが崩れ、町が侵蝕されはじめたという。野辺浜にはまた、海岸への漂着物についての説話が伝わっている。海が荒れたり、不知火が出たあとに、巨大な死骸が流れつくというものだ。

「蓋互山、葢互山」でも「野辺浜の送り火」でも、宮原は調査のためにその土地を訪れた第三者の立場にはとどまれず、奇妙な現象の当事者として巻きこまれていく。それは、彼自身の記憶や無意識を歪んだ鏡に写しだす経験でもある。

(牧眞司)

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