【今週はこれを読め! SF編】韓国の鬼才による異色短篇集〜チョン・ボラ『呪いのウサギ』
文=牧眞司
著者チョン・ボラは、韓国の小説家にして翻訳家(ロシア語とポーランド語の現代作品を韓国に紹介している)。本書は2017 年に出版された短篇集で、十篇を収録。
表題作「呪いのウサギ」は、精魂込めて細工されたランプのウサギの物語。ウサギの姿はとても可愛いが、ランプは呪いの道具なのだ。その来歴(復讐のために作られた)と呪いの顛末について、祖父が孫(この孫が作品の語り手となる)へ語り伝える形式になっている。このように語りの構成は少し凝っていて、それがサスペンスを盛りあげる効果になっているのだが、ホラー小説としての核心はオーソドックス。呪いをかけられた者は、どうやってもウサギからは逃れられない。しかも、ウサギは増殖するのだ。
「楽しい我が家」もホラーだが、こちらは日常の不条理がじわじわ押しよせてくる展開だ。結婚以来七年間をかけてマンションのローンを返済し、そのマンションを売って、かねてよりの計画通り静かな町でビルを一棟(四階建てで地下室つき)を購入した夫婦。物語は妻の視点で綴られる。ビルの購入直後からトラブルははじまる。ネズミと害虫、入居者の不始末、仲介した不動産屋の対応の悪さ、近隣住民とのトラブル......。そのうえ、事態を改善しようと必死な妻に対して、夫が非協力的なのだ。物語の端々に、不動産事情や家族の問題など、現代韓国社会の現状がのぞく。そういうリアルに抑鬱的な物語なのだろうと思っていると、最後の最後で意外な真相が待ちうけている。ロバート・ブロックやリチャード・マシスンなど、往年の名人を思わせる切れ味の一品。
「月のもの」も不条理感のある作品だ。生理不順をおさめるために避妊薬を飲みはじめた主人公は、薬の用法を間違え、副作用で妊娠してしまう。医師も家族も「子どもの父親になってくれる人を探すべき」という意見だ。主人公はじゅうぶんに知性も分別もある大学院生なのだが、なぜか、こうした善意の圧力に逆らえず、言われるがままに父親探しをするはめになる。そうするうちに妊娠は進んで......。淡々とした父親探しの一部始終と、生々しい妊娠の身体感覚とが、異様なコントラストをなす。
「さようなら、愛しい人」は、パートナーロボットに愛着を抱いた女性エンジニアの物語。パートナーロボットは数年単位でモデルチェンジされ、旧機種は廃棄されるのだが、主人公は自分が最初に開発と動作確認を担当した一号をずっと隠し持っている。しかし、徐々に起動に時間がかかるようになり、部品は劣化していく。主人公は一号をどうにか延命させようと試みるのだが......。SF黄金期のロボット・テーマを彷彿とさせる設定だが、全篇を流れる感情の機微、それと裏腹な作者の突き放した視点は、なかなか現代的だ。
「傷痕」は、洞窟のなかで生贄として暮らした少年の物語。月に一度、やってくる得体の知れぬ"それ"に、骨を突き破られ、骨髄を吸われる。そうやってできた傷痕は、少年が青年になり洞窟から逃れでたのちには、両義的なものとなる。ひとびとは傷痕の禍々しさを忌み嫌い、彼を蔑む。しかし、闘いとなると、傷痕は魔術的な力を発揮して、彼を敵から守るのだ。やがて、彼は自分が生贄になった経緯を知り、ふたたび"それ"と相まみえることになる。躍動感があって、つぎつぎに局面が変わる展開、そして苦い後味が印象的だ。
本書は2021年に英訳され、翌年に国際ブッカー賞の最終候補となった。韓国人の小説家としてははじめてだという。
(牧眞司)


