【今週はこれを読め! SF編】猫とSFの特質〜立原透耶/ファン・モガ/程婧波編『猫SF 滅亡が言った、ニャーと』
文=牧眞司
日本・韓国・中国の女性作家が競演する、書き下ろしSFアンソロジーの第一弾。テーマは「猫」。たしかに猫とSFは相性がよく、SF量産地のアメリカでも、また日本でも、たくさんの猫SFが書かれてきたし、いまなお書かれつづいている。これは皮相的なことではなく、SFの特質と関係している。詳しくは、本書の巻末に解説として付された、立原透耶「猫という他者、猫という宇宙」をお読みいただきたい。たいへんすぐれた論考である。
解説も日中韓がそろい踏みで、韓国はファン・モガ「猫の目に映った社会を描く」、中国は程婧波「猫、それは宇宙でもっとも誠実な座標」を掲載。収録作品紹介とあわせ、それぞれの国のSF事情(とくに女性作家にフォーカスした)が端的に示されている。史料として、また批評としてもたいへん貴重だ。
話が前後してしまったが、この巻の小説作品は、各国四人の作家が寄稿している。順番にふれていこう。
まず、日本作家の四篇。
上田早夕里「あるはずのない扉」が扱うのは、猫が見る夢だ。睡眠中の夢を視覚化する技術が開発され、人間の夢との比較対照として猫のそれが取りあげられる。妙なことに、猫はなじみの場所(飼い主の家)を夢見ているのに、一箇所だけ、実在しない扉があるのだ。そこを通りぬけると......。脳が秘めた謎(心理的というよりも生物的な)という、魅力的な主題が立ちあがる。
若木未生「ブイネコ」は、執筆一筋の人生を歩んできた少女小説作家が、猫代替ロボットVCATを飼う。ヴィーと名づけ、辛いときには支えられ、ひとりと一匹の生活がつづく。しかし、VCATの耐用年数は十年なのだ。哀切と希望が交差する結末が、じんわりと胸に迫る。
甘木零「地球最高の生命」は、異星人SF。地球の生物を調査し、「惑星最高の生命」を連れ帰ることを使命とする私は、マッコウクジラ、カニ、ダイオウホウズキイカ、イルカ、人間......と次々に憑依(脳に融合)していく。私が選んだ最高の生命とは? まあ、これは猫アンソロジーなので、答は猫しかないけれど。しかし、その判断は正しいのか? ユーモラスな展開の一篇。
立原透耶「賢い猫と賢い犬」は、哲学的な雰囲気の作品。宇宙開発の一環として帰らぬ旅に送りだされた犬が、死を迎えようというとき、シュレディンガーの猫(死と生が重ね合わされている状態)が目前にあらわれる。両者のやりとりのなか、犬的な思考と猫的な思考が対照される。
次に、韓国作家の四篇。
ミン・ジヒョン「滅亡が言った、ニャーと」は、野良猫に偽装した異星人の視点で綴られる。その異星人の文明は、エネルギー確保のため、地球の太陽をパネルで囲うことにした。地球の生物は滅びてしまうがいたしかたない。しかし、私は、野良猫に餌をくれるひとりの女性のため、なんとかできないかと奔走する。
チョン・ヘジン「うちの猫は化ける」は、時間SF。主人公は愛猫を動物病院に預けて、五泊の出張に行く。戻ってくると、猫の模様が変わっているではないか。別な猫とすり替えられたかと疑うが、体内に埋めこまれている固有番号をチェックすると、同じ猫だった。実は出張というのは、タイムマシンで過去へ行き、歴史を書き換えようとする奴らを止める仕事なのだ。どうやら、ちょっと違う現在へ戻ってきたらしい。アイデアは古典的だが、登場人物たちの日常感覚(現実がちょっとくらい変わっても平気)が面白い。
チョン・ドギョム「窓を開けたら、春風が吹いてきた」は、衝撃的な作品。物語前半で、私は猫に導かれ、無色界へと到達する。物質が存在しない、しかし私たちの世界と重なっている領域だ。ファンタスティックな、あるいは量子論的なイメージ。そして、物語後半では、私が無色界を望んだ理由が明かされる。女性や猫など弱者に対する暴力を、現代SFの手法で見据えた一篇。
ファン・モガ「揀擇(かんたく)されし者たち」も、想像力をもって、おぞましい現実を鋭利に告発する作品。世界によりどころを失った私は自殺しようとするが、その寸前に、芳しい匂いに惹かれて思いとどまる。猫の肉球の匂いだった。私に取り憑いた、巨大な猫に食べられて死にたいという衝動。医者は猫の寄生虫が原因だと説明するが、私自身の切実な経験(それは姉の悲惨な死にかかわっている)とも不可分なのだ。
最後に、中国作家の四篇。
程婧波「神仙失格」は、神怪小説『封神演義』のオマージュ。姜子牙(太公望)が新しい神々を封じたとき、ただ二人封じ忘れた人物がいる。ひとりは彼自身、もうひとりは彼の妻である。本作品は、その妻の飼い猫(名前はまだない)の視点で、妻と猫との出会いから、封神から三千年後に、神々が狂って妻が暮らす路地へ押しよせてくるまでを描いている。飄然とした猫の語り口が楽しい。
王侃瑜「観察猫」は、異星物と猫というモチーフが取りあげられる。このアンソロジーでは、甘木零「地球最高の生命」、ミン・ジヒョン「滅亡が言った、ニャーと」につづく作品である。女神フレイヤに仕える観察使は、地球へと赴き、さまざまな生物に接続する。おおよそは失望に終わるが、一匹の猫だけは新鮮な感覚をもたらしてくれた。猫を通してふれた地球は退屈な惑星ではなく、猫と飼い主が支えあう家はかけがえのない場所だった。観察使は、自分が覚えた素晴らしい感動を、フレイヤにも知ってほしいと願うが......。猫と飼い主、観察使とフレイヤ、ふた組の関係が照応して描かれるクライマックスが感動的。
沙陀王「猫がいちばん大事」は、メタフィジカルな一篇。この宇宙の根源として超越的な図書館があり、所蔵する本のバックアップのために地球が造られた。生物の体のパターンがそれぞれの本のバックアップなのだ。いま、その図書館の実習生が絶滅寸前の蝶を保護しようとし、そのあおりを受け、語り手の「俺」が大事にしている猫が分解されてしまう。俺の悲痛な叫びが全篇を満たす。
路航「作家の猫」では、有名作家である謝永林が晩年を過ごした町を、語り手が訪れる。謝永林はロボット猫を可愛がっていたが、作家の死後、猫は忽然と姿を消したという。語り手がその町で出逢ったのは、数匹の猫に餌をやっている若い女性だった。物語の中心にいるのは、生身の猫ではなくロボット猫であり、そのロボット猫も回想のなかにしか猫としての姿をあらわさない。にもかかわらず、というかだからこそ、猫の本質が表現されている物語だ。
以上、全十二篇。なかなかバラエティに富んだ取り合わせとなっている。共通するのは、猫へのリスペクトだ。各篇に、作者提供の猫写真が付されている。
さて、このアンソロジー・シリーズは全三冊の予定で、今後、第二弾「言語」、第三弾「名作の翻案」とつづく。各国のどんな作家が、どのような作品を披露するか、たいへん楽しみだ。
(牧眞司)

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