【今週はこれを読め! SF編】タコ、カマキリ、蝶、さらに不思議な名の動物たち〜キジ・ジョンスン『アパートメント暮らしの動物寓話集 その他の物語』
文=牧眞司
キジ・ジョンスンは1988年デビューなのでキャリアは長いが、兼業作家なので作品数はそれほど多くない。しかし、SFや幻想小説の賞をいくつも射止めている鬼才だ。本書は2023年刊行の作品集The Privilege of the Happy Ending のなかから、先行して邦訳のあるノヴェラ『猫の街から世界を夢見る』(創元SF文庫)を除いた、全十一篇を訳出している。三エピソードで構成される「アパートメント暮らしの伝承選集」を別々にカウントすれば、全十三篇だ。
巻頭を飾る「ツール使いの擬態者」は、なんとタコ(海棲生物のタコである)が擬態した少女の、あり得たかもしれない人生を綴った一篇。断章を連ねる叙述で、やや実験的な作品だ。三角和代氏の「訳者あとがき」によれば、ビジュアルアーティスト、ローラ・クリステンセンの作品(タコ少女のコラージュ写真)に着想を得て書かれたという。
「カマキリの妻」は、本能的につがいの相手を殺してしまうカマキリの物語。「カマキリの雌」ではなく「カマキリの妻」となっているのは、これが人間の男女関係のメタファーとしても読める内容だからだ。ただし、一意的な寓意ではなく、アイロニカルな奥行きがある。2019年度のヒューゴー賞、およびローカス賞の候補(いずれも短篇部門)になった作品。
「東部テキサスの蝶」は、走る列車のなかで客席をまわり、ひたすら乗車券チェックをおこなう車掌の物語。珍しい二人称小説で、主人公は「あなた」である。列車はそれだけで完結した世界で、乗車券を確認してまわるのが人生の目的のようだ。乗車券を持たない女性乗客がいて騒動になるが、そこでなぜか蝶のイメージが物語に入りこんでくる。どんな意味があるかは判然としないが、目が覚めるほどに絵画的で、素晴らしい印象を残す。
「ヒキガエル屋敷の幽霊」は、動物たちを登場人物とする、戦慄とユーモアに満ちたクリスマス・ゴースト・ストーリー。ケネス・グレアムの児童文学の名作『たのしい川べ』が下敷きになっている。
「アパートメント暮らしの動物寓話集」は、「アパートメント暮らしの伝承選集」の一篇目。アパートの住人と奇妙な動物との、ごく短い寓話がずらりと並ぶ。動物はペットだったり、どこかから部屋に入りこんだものだったりするが、いずれも、聞いたことのない種名(エインコロ、アラフォッシ、ベギッテ......)と、変わった習性を持っている。どことなく、カフカ「父の気がかり」(謎の動物オドラデクが登場する短篇)を思わせる。
同じような短章連作形式で、伝承選集の二篇目「アパートメント暮らしのまじない集」、同じく三篇目「アパートメント暮らしのアルファベット順夢占い集」とつづく。そのタイトルどおり、「まじまい集」はまじない、「夢占い集」は夢の要素がモチーフになっている。ちなみに、伝承選集は三篇とも「あなた」が主人公の二人称作品だ。
この短篇集を締めくくるのが、中篇「ハッピーエンドは特権」。六歳の孤児エイダが賢い雌鶏ブランシュを連れ、さまざまな危険と悪意がはびこる中世イングランドを流転する。残酷なお伽噺といったところだが、ところどころに「わたしたちは読者であり、作者である小さな神々だ」などと、メタレベルの叙述が挿入される。つまり、物語論が内在しているのだ。2019年度世界幻想文学大賞中篇部門の受賞作。
(牧眞司)




