【今週はこれを読め! ミステリー編】もういない妹の人生を再発見していく物語〜ケリー・ギャレット『偽妹』

文=杉江松恋

  • 偽妹【ぎまい】 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『偽妹【ぎまい】 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    ケリー・ギャレット,矢島 真理
    早川書房
    2,200円(税込)
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 読んでいくほどに印象が変わっていく小説だった。

 本邦初紹介の作家、ケリー・ギャレットの『偽妹』(矢島真理訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、この世にもういない妹の人生を姉が掘り起こそうとする物語である。

 主人公のリーナ・スコットはニューヨークに住む大学院生で、二十八歳だ。彼女にはデジレ・ピアースという異母妹がいる。リアリティショー番組に出たことで有名人になったのだが、その生活ぶりがあまりに放埓であったため、リーナは縁を切っていた。その彼女がデジレのインスタグラムを見て、妹がニューヨークに戻ってきていることを知る場面から話は始まる。ただし、それから十二時間後、新聞にはデジレの死亡記事が躍った。

 死因がヘロインの過剰摂取であると知ったリーナは疑問を抱く。デジレは注射が苦手だったはずなのである。ヘロインであれ何であれ、体に打つはずがない。事故や自殺ではないのではないか、と考えた彼女は死んだ妹の身に何が起きたのかを調べ始める。

 主な筋立ては以上で、以下しろうと探偵となったリーナの調査が描かれていく。関係者に会って妹のことを質問し、その持ち物から彼女がしていたことを推測する、という展開は一人称私立探偵小説のものである。リーナは冷静な主人公ではなく、時に感情的になるし、印象だけで他人を判断するような迂闊な面もある。しろうと探偵だから、そうした軽率な行動のために調査がねじれてしまうようなことも起きる。それが逆にテンポを作り出してもいるのである。共に歩んでいける速度で語られる物語とでも言おうか。一人称私立探偵小説、ではないのだが、その形式をいいとこどりで利用している。

 発表されたのは2022年で、翌年にアメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀長篇賞最終候補作に選出されている。ダニヤ・クカフカ『死刑執行のノート』(集英社文庫)に負けて受賞は逃したが、それだけ評価された作品なのである。一人称私立探偵小説の現代版バリエーションというだけではなく、他の美点を見出されたからだろう。

 一つには、主人公の造形に独自性があったのだろうと思う。序盤に自然な形で明かされるが、リーナは黒人である。しかし、富裕層に属する黒人だ。リーナとデジレの父親であるメル・ピアースは音楽レーベルの社長なのである。このメルとそりが合わずリーナは、祖母のくれた家に一人で住み、亡き母の資産を運用して暮らしている。

 ある登場人物がリーナに対し「あなたは黒じゃない、緑よ」と言う。緑はドル紙幣の色だから「あなたの属性は黒人ではなく、金持ちの方にある」と指摘しているわけである。にもかかわらず、リーナには自分が黒人であるということを自覚して生きなければならないという縛りもある。

----黒人の親なら誰でも、子供に"あの話"をする。[......]警察に呼びとめられたときにはどうすべきか、という話だ。わたしがその話を聞いたのは、運転免許を取ったばかりの十七歳のときだった。[......]手はハンドルの上、または少なくとも見えるところに置くこと。急に動かないこと。口答えはしないこと。言われたとおりにすること。言われたことだけをすること。そして、なにがあっても、けっして、絶対に抵抗しないこと。

 この教えは、黒人が警察官によって不当に射殺されてきた歴史を踏まえたものである。旧弊な片田舎ではなく、リーナの暮らすニューヨークでもこうなのだ。今同じことが、さらに厳格に守るべき教えとして非白人、あるいはそう見えてしまう市民の間で広まっているに違いない。第2次ドナルド・トランプ政権下のアメリカ合衆国は移民取り締まりを強化した。移民税関捜査局は不法移民と見られる人間を手当たり次第に拘束しており、それに抵抗したと見なす者には容赦なく暴力を振るっている。2026年1月7日に射殺されたルネー・グッドさんは、正当な国籍を持つアメリカ市民であり、車で家に帰宅しようとしていただけだった。恣意的な暴力が公的な立場の者から振るわれることもあるのが、アメリカ合衆国の負の側面でもある。これはアメリカだけではなく、市民を分断することで統治を進めようとする国家ならばどこでも起こりうることだが。

 他人から金持ち黒人呼ばわりされてもリーナが引け目を感じることはなく、黒人で女性であるという自己主張をする。デジレは鬱状態だった、と言う妹の恋人にリーナは反論する。

----「黒人の女はね。自殺なんかしないの」わたしたちだって、他の人種と同じように死ぬ。出産。心臓病。癌。事故でも糖尿病でもHIVでも死ぬ。でも、自殺だけはしない。[......]「二〇一六年、アメリカでは四万五千人以上の人が自殺した。そのうちの黒人の女は五百六十四人。ね、わたしたちは自殺しない」

 これはリーナがデジレを再発見していく物語である。『偽妹』という題名は少しミスリードになっていて、原題はLIKE A SISTERという。直訳すれば「妹みたいな」となるか。知っていたはずの人物像、抱いていた先入観や故人に関する新事実が判明するたびに覆されていく。その都度物語の様相は変わっていくのだ。最初は放埓なわがまま娘という紋切型の人物類型で見られていたデジレが本当の顔を獲得していき、最後には新たに肖像が描き直されることになる。リーナはデジレの近親者であったからこそ、その描き直しを自分の手でやり遂げる必要があった。人を断片の知識で判断するのではなく、全体像として理解するということを書いた小説とも言える。読者はデジレを知り、他の誰かを知り、そして自分を知ることになる。

(杉江松恋)

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