【今週はこれを読め! ミステリー編】噛みしめるたびに驚きがある逸品〜東川篤哉『じゃあ、これは殺人ってことで』
文=杉江松恋
やわやわの外見にしっかりとした骨格が備わっている。
伊勢うどんだと思って口に入れたら中にバリカタの長浜ラーメンがあったようなもので、噛みしめるたびに驚きがある。それが東川篤哉作品である。
最新作『じゃあ、これは殺人ってことで』(光文社)は、東川がデビュー以来書き続けている〈烏賊川市〉シリーズ最新短篇集だ。烏賊川市は特に秀でた産業があるでもない、正直パッとしない地方都市である。特徴は珍妙な事件がたびたび起きることで、住民も犯罪に関する感度が著しく低い。たとえば本書の中で河川敷に放置された死体が発見される場面があるが「この街の殺人犯は烏賊川の河川敷を『死体専用のゴミ捨て場』と見なしているらしく、過去にもたびたび都合良く利用してきたという歴史がある」ために「驚くには値しない」と考える。そんな市にあまり住みたくないだろう。
普通ではない連中ばかりが事件の関係者となり、頭は冴えているかもしれないが人としてそれはどうなのか、と思うような探偵が謎を解く。そういう、他ではあまり見ない特徴のある連作なのだ。時に視点は犯人側に移り、殺人計画とその実行が描かれる。だが、やはり犯人にも抜けたところがあるので、定石通りには進行していかない。こうして読者は、定型に則っているように見えるけど、どこかが何か違っているような気がする、と首をひねりながらページをめくり続けることになる。
巻頭の「李下に冠を正せ」はナイフを片手に持った男がイノシシと闘う場面から始まる。その男、道明寺秀夫は農園を営んでおり、イノシシによる食害にたびたび逢っていたのだ。侵入防止のため、敷地の周りには電流を流した鉄柵が張り巡らされている。訪ねてきた刑事が、道明寺に変死体が発見されたことを告げる。ただし、鉄柵を掴んで感電した後だ。道に設置された防犯カメラが、道明寺家から出てくる人影を撮影していた。その人物が死体を遺棄したと考えて、刑事は連行しに来たのである。
上の段落で事件に関係する記述は後半だけだ。本題に入る前に誰かの変わった行動が描かれることが多いのがシリーズの常で、しかもそれが事件の真相と無関係ではないことが多いから油断ができない。本作で東川は、防犯カメラに残された映像という極めて現代的な証拠を扱っている。そうやって可視化された現場の情景は、もはや他に選択肢がないほどに解釈が限定される。起きたことがそのまま見えるのだから当然だ。そこに意外性を持ち込むことはできないか、という試みを作者は行っている。
次の「深夜プラス犬」、題名は「しんやぷらすいぬ」だが、一定以上の年齢であれば「しんやぷらすワン」と読みたくなる人もあるはずだ。ある男性が刺殺されたという事件を巡る話なのだが、一頭のプードルが重要な役回りで登場する。使われているトリックはある類型に属するもので、その変型させ方に特徴がある。絶妙なミスリードが行われており、読者は必ず目を逸らされるだろう。そして読了した後に、なぜ目を逸らしてしまったのか、と過去の自分を怪しむことだろう。
こんな具合に各篇に工夫がある。収録五篇のうち三篇に登場する鵜飼杜夫は、シリーズにおいて探偵役を務めることが多い人物だ。頭は切れるのだが、粗忽でかつ無神経という性格のゆえ、どんな難事件を解決してもあまり名探偵には見えないのが不思議である。四篇目の「どうして今夜の彼女は魅力的に映るんだろう」ではこの鵜飼と、鵜飼の私立探偵事務所が入っている黎明ビルのオーナー、二宮朱美が登場する。二宮も主役として起用されることのある人物だ。そしてもう一人、意外な人物が探偵役として登場する。三者が居酒屋で関係者の証言を元に推理を行う、というのが物語の山場である。
「どうして今夜の彼女は魅力的に映るんだろう」は、夜道を歩いていた女性が突然いなくなった、という消失の謎を扱っている。人間が消えるとミステリーでは多くの場合、変装トリックの可能性を考えるものだが、本作では早い時点で否定される。対象者が成り代われるような登場人物は、一見不在だからである。実は、という真相には意外性があっていいのだが、それに対する伏線がいい。最後の一ページに驚きがあるというタイプの短篇で、非常に感心させられた。
残りの二篇はいずれも殺人犯側の視点で書かれている。「博士とロボットの密室」は2018年発表でもっとも古く、主人公は女性の科学者だ。将来を誓い合っていたはずのパートナーに捨てられ、共に進めていたロボットの研究まで奪われた。それが猫型ロボットでアイコ、というのが何かを連想させる。本人はアレの真似ではないと強く否定するのだが。ロボットものであると同時に猫ミステリーにもなっていて、私は結末である古典名作を連想した。
もう一つが表題作だ。犯人側の視点から描かれる、いわゆる倒叙ミステリーとしては出色である。ミステリーにおいて犯人が組み立てる計画は、一分の隙もない天才的なものであればあるほどいいが、そこに虚構ゆえの現実との乖離が生まれる。本当にそんな計画が可能なのか、と眉に唾する読者と、作者は常に闘っているのである。そうしたうるさがたの読者をも満足させる展開が本書には含まれる。なるほどそれはそうだ、でもそこをあえて書くのか、とミステリー実作に携わったことがある者なら思うのではないだろうか。倒叙ミステリーの本質に迫った傑作であると思う。
ふにゃふにゃしているのにしっかり噛みしめてしまった。伊勢うどんのような、いや、私が偏愛する福岡のうどんのような逸品であると主張したい。
(杉江松恋)

