【今週はこれを読め! ミステリー編】後を引くデビュー短篇集〜エリーザ・ホーフェン『暗黒の瞬間』
文=杉江松恋
そこかしこに穴が空いていたのに、気づかずその上を歩いてきてしまった。
歩き終えてから振り返り、陥穽の存在に気づいて慄然とする。
そんな読み心地の小説であると思う。
エリーザ・ホーフェン/浅井晶子訳『暗黒の瞬間』(東京創元社)は、法学者でザクセン州憲法裁判所の裁判官も務める著者のミステリーにおけるデビュー作だ。現役法曹家の作家というとフェルディナント・フォン・シーラッハの名前がすぐに思い浮かぶだろう。シーラッハの作家デビュー作『犯罪』(創元推理文庫)は短篇集だったが、本書もそうである。『犯罪』が著者自身を思わせる刑事弁護士が担当した事件について綴ったという実録に近い形で書かれていたのに対し、本作ではエーファ・ヘアベアゲンという独自の主人公が据えられている。著者と同じ女性だが、六十代に設定されていてホーフェンより年上で、自身について書いたという印象は薄い。このエーファ・ヘアベアゲンが担当した九つの事件について順繰りに綴られていくという連作ミステリーである。
第1の事件「正当防衛」の前に短いプロローグが置かれている。エーファが手紙を書き、投函して郵便配達人がそれを回収するのを待つ、という内容だ。中に入っているのは、弁護士を辞職するという届である。これはなんだ、と読者の注意を惹いておいて主部の物語が始まる。
「正当防衛」はある邸に押し入ったアドリアンという若者の視点から始まる。アドリアンはルーマニア出身の十七歳で、邸で闇労働の清掃人として雇われている仲間から邸の情報を得た。足が不自由な主人を脅して金品を奪おうとするが、反撃に遭って射殺されてしまう。
エーファはこの事件のことを新聞の報道で知る。弁護人として雇われたわけではなく、判決が下された後で記事を読んだのだ。強盗を撃ち殺した邸の主には正当防衛が認められたのだが、自分しか知らない情報からエーファは、どこかに欺瞞があると考えて動き始める。
この第1の事件を読んだだけでわかることは、エーファ・ヘアベアゲンが過剰なほどに正義が行使されることを求める主人公であるということだ。時には過激に見える手段をとってまで、彼女が信じる正義が履行されるために働こうとする。物語の中ではその姿勢がずっと貫かれているのである。なぜ、そこまで過剰に正義を求めるのか、という答えは「正当防衛」の、最後の一行で暗示される。
----私がすでに何年も前に犯罪の隠蔽に手を貸したことがあるのを、彼らは知らない。
この、隠蔽された犯罪が何だったかということが物語を引っ張る錘なのである。おのおのの事件に取り組むエーファは、実は自分の過去にけじめをつけるために動いている。各章で描かれる事件のあらましや、そこに登場する人々の肖像には、エーファの過去と重なり合う部分があるのである。だからこそエーファは時に逸脱行為をしてしまうほど、事件に肩入れするのだ。最初の数章を読んだだけで、エーファ・ヘアベアゲンという主人公に、すっかり心を掴まれてしまった。
どの物語でもエーファは真相に到達する。彼女の推理は正鵠を射ているのだが、世の中の出来事は正答を示せばそれで終わるというわけにはいかない。「正当防衛」で強盗を射殺したハンス・クレーバッハの事件に自分なりの幕引きをしたエーファだったが、彼女が予想もできなかった結末が待ち受けていた。こうした逆転が各章に待ち受けている。エーファは理性の人だが決して全能ではない。彼女にできるのは可能性のある選択肢を潰すことだけで、世界そのものが孕む不確定性に対しては無力なのだ。事件が一つ終結するたびに、誰かが陥穽に足を取られたことが明かされる。その思いがけなさ、人間という存在の底知れなさに、慄然とさせられるのである。
現役の法曹家らしく、各章の事件には現代社会のさまざまな歪みが反映されている。「正当防衛」ではルーマニア出身の少年が殺されるが、第3の事件「少年兵」では、こどもが誘拐されておとなを殺す兵士として洗脳されるという、アフリカの諸国で現在も起きている悲劇が物語の背景となる。もはや犯罪は一国内だけで完結せず、外で起きた出来事が流れ込んでくる時代になった。
女性に関する話も多い。第4の事件「塩」は、年上の男によって運命を狂わされてしまった女性が、法で裁かれるという内容だ。その女性、ゼルマは大学生なのだが、パトリックという十歳上の既婚男性に誘われて肉体関係を持つ。ふたりの恋愛は夫婦の離婚という結果を招く。ゼルマの生活はそれによって決定的に変化するのだ。離婚時に共同親権を勝ち取ったパトリックは、娘のキーラと定期的に会うようになる。だが、彼は自分で娘の世話をしようとせず、ゼルマに見させようとする。僕は外で仕事がある、君はいつも部屋にいるのだから、というわけである。しかし、ゼルマは暇を持て余しているわけではない。大学生として卒論を書かなければならない身なのだ。
第7の事件「強姦」では、題名の通りの残酷な犯罪が描かれる。若い男たちがグループで街に繰り出してきた。お揃いのTシャツを着て、全員がなぜか髪を紫色に染めて。その中の一人が結婚する。独身生活さよならパーティーなのだ。男だけの集まりは野放図になっていき、ある場所で十九歳の少女を強姦する。
この事件をエーファが担当するのである。ホモソーシャルな男たちの集まりが法から逸脱し、自らの幼稚さを露呈した。絶対に罰をくださなければならない事件だ、だが、あることが原因で、被告たちを有罪にするのが難しくなる。被害者とその家族にとっては悪夢のような事態だ。いったいどうすればいいのか、と読者が立ちすくんだところで、想わぬ出来事が起きる。
描かれる事件の内容がシーラッハの第二短篇集『罪悪』(創元推理文庫)の巻頭に収録されている「ふるさと祭り」に酷似していることに気づく読者は多いのではないだろうか。読みながら、これは偶然だろうか、それとも作者が先行作を踏まえ、その先を書こうとしているのか、と私は考えた。一つ言えるのは、「ふるさと祭り」がざらりとした現実の感触をそのまま書き出すことに徹しているのに対し、「強姦」はミステリー的な興趣を加えてそれを行おうとしている。そうした変換装置を噛ませることで、この世に存在する法というものがどのような形で人と接しているかを描き出しているのである。
前出の「塩」もそうなのだが、ミステリー的なツイストがどの作品にも凝らされており、しかも少しずつ技巧が違えてあるので、連作を一気に読み切ってしまう。最前から使っている比喩を当てはめれば、どこかに陥穽が仕掛けてあるのは間違いないのだが、その位置が毎回違うのである。物語の転換点にあることもあれば、最後の最後に仕掛けられている話もある。ミステリーとして最も技巧が成功しているのは第2の事件「生かしておく」だろう。エーファが最初の大きな逸脱を行う話だが、見えている風景ががらりと変わるような瞬間がある。その効果を作者が計算して書いているのがわかり、ミステリー作家としての確かな手腕を感じた。
最後の2章はセットになっており、『暗黒の瞬間』という題名の意味もここではっきりする。感心したのは、エーファという主人公のキャラクターがここで語られる出来事に劇的な効果を与えるよう、周到に計算されて書かれていることだ。法曹界出身という面に主として注目されがちな作家だが、このキャラクター造形の見事さこそが真の武器なのではないかという気がする。
題材の現代性、ミステリーとしての精緻な仕掛け、着想を劇的に演出する人間描写と、三拍子揃って非の打ちどころがないデビュー作だった。恐ろしいのは、『暗黒の瞬間』の最後のページを読み終えたときに、早く次が出ないかな、と自然に思わされていたことだ。何その読後感。エリーザ・ホーフェンの描く暗黒は後を引く。いつまでもいつまでもこの作家を読んでいたいという気持ちにさせられる。
(杉江松恋)



